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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)323号 判決

原告 永田洋子

右訴訟代理人弁護士 秋田一惠

同 林浩二

同 福島武司

同 出牛徹郎

被告 東京拘置所長 山下進

被告 国

右代表者法務大臣 臼井日出男

右両名訴訟代理人弁護士 上野至

右両名指定代理人 黒澤基弘

同 白井ときわ

同 池田典幸

被告 慶應義塾

右代表者理事長 鳥居泰彦

右訴訟代理人弁護士 藤堂裕

同 寺上泰照

同 鹿野元

右訴訟復代理人弁護士 楠森啓太

主文

一  被告東京拘置所長に対する本件訴えを却下する。

二  原告のその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告東京拘置所長は、原告を適切な病院に移送せよ。

(二)  被告国は、原告に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被告慶應義塾は、原告に対し、二五〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告東京拘置所長

(本案前)

主文第一項と同旨

(本案)

原告の被告東京拘置所長に対する請求を棄却する。

3  被告国

原告の被告国に対する請求を棄却する。

4  被告慶應義塾

原告の被告慶應義塾に対する請求を棄却する。

第二事案の概要

本件は、東京拘置所に収容されている死刑確定者である原告が、<1>被告東京拘置所長(以下「被告所長」という。)には、原告を適切な病院に移送する義務があると主張して、被告所長に対し、原告を右病院に移送することを求め、<2>被告所長に速やかに原告の松果体部腫瘍を治療する義務を怠るなどの過失があったと主張して、被告国に対して、国家賠償法一条に基づく損害賠償として損害金六二五二万円のうち三〇〇〇万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、<3>被告慶應義塾(以下「被告慶應」という。)の医師に原告の松果体部腫瘍を摘出すべき義務を怠るなどの過失があったと主張して、被告慶應に対し、診療契約の債務不履行ないし不法行為の使用者責任に基づく損害賠償として損害金五六二八万円のうち二五〇〇万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

一  前提となる事実(証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いのない事実である。)

1  原告は、昭和四七年三月六日以降殺人等の罪名で起訴・追起訴され、昭和五七年六月一八日東京地方裁判所で死刑判決を受け、上訴をしたが、昭和六一年九月二六日東京高等裁判所で控訴棄却の判決を、平成五年二月一九日に上告棄却の判決を受け、同年三月一〇日に死刑が確定した者である。原告は、昭和四七年九月三〇日、前橋刑務所から東京拘置所に移監され、それ以降、昭和四八年六月一四日から同月一六日まで前橋刑務所に、同年九月一七日から同月二〇日まで長野刑務所に、それぞれ移監された時期以外は東京拘置所に在監している(弁論の全趣旨)。

被告所長は東京拘置所の長たる公務員である。

被告慶應は、慶應義塾大学付属病院(以下「慶應病院」という。)を設置運営している。

2  原告に係る傷病の従前の経緯

原告は、従前から、頭痛等の症状を訴えていたが、東京拘置所の医務部(以下「東京拘置所医務部」という。)は、これに対し、投薬による治療を行っていた。

3  慶應病院医師による治療等

(一) 昭和五九年七月一六日、慶應病院の医師は、原告に対し、造影剤を静脈注射しつつ頭部のCTスキャンによる検査(コンピュータ断層撮影検査。以下、CTスキャン装置を利用した検査を「CT検査」という。)を行った。これにより、原告の脳の松果体部付近に腫瘍があることが発見された。

同年七月一九日、原告は、胸部及び腹部のレントゲン撮影並びに採血検査を受けるとともに、三回にわたって副腎皮質ホルモンの注射を受けた(なお、これらの検査を東京拘置所、慶應病院のいずれが行ったかについては争いがある。)。

(二) 被告所長は昭和五九年七月二〇日、原告を慶應病院に緊急入院させた。

(三) 慶應病院は、昭和五九年七月二〇日、原告及び原告の父親から、手術に対する同意書をとった。

慶應病院の医師は、同日夕刻、原告に対し、脳圧が亢進しているのでその減圧のために脳脊髄液を腹腔内に誘導するいわゆる「シャント術」と呼ばれる手術を行う必要があること、当該手術は早い方がよいのでこれから直ちに行うこと、手術のためには頭髪を坊主にすることが必要であることを説明したところ、原告が右説明を了承して手術を受けることを承諾した。

このとき原告は意識を失っている(意識を失ったのが右説明を承諾した前であるか後であるかは争いがある。)。

同日、慶應病院の医師は、原告に対し、脳脊髄液を腹腔内へ誘導するためのバイパスを付けるいわゆる「シャント術」と呼ばれる手術(以下「本件手術」という。)を行った。

(四) 被告所長は、昭和五九年七月二三日、原告を慶應病院から退院させ、東京拘置所へ戻した。

4  本件手術後の経過

(一) 慶應病院の医師は、原告に対し、昭和五九年七月三一日から同年一〇月一三日までの間、合計二七回にわたって放射線治療を行った。

(二) 原告の腫瘍は、縮小しているが、現在においてもなお残存している。

二  争点

1  被告所長に対する請求に関する争点

被告所長に対して、原告を適切な病院へ移送することを求める本件訴えが適法であるかどうか、適法であるとした場合の請求の当否(争点1)

2  被告国に対する請求に関する争点

(一) 被告所長に、昭和五八年五月二四日以降、原告からの頭痛の訴えについて、脳腫瘍による脳圧亢進症状を疑い、速やかに諸検査を実施し、腫瘍に対する適切な治療を行うべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があるかどうか(争点2(一))

(二) 被告所長に、原告の脳腫瘍の存在が確認された後、根治するために摘出手術を行うべき義務があったにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点2(二))

(三) 被告所長に、現在原告に生じている症状に対し、適切な治療を行うべき義務があるにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点2(三))

3  被告慶應に対する請求に関する争点

(一) 原告と被告慶應の間に診療契約が存在するかどうか(争点3(一))

(二) 被告慶應に、原告の脳腫瘍を摘出すべき義務があったにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点3(二))

(三) 被告慶應に、現在原告に生じている症状に対し、適切な治療を行うべき義務があるにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点3(三))

4  被告国及び被告慶應に対する請求に関するその余の争点

原告の被った損害額がいくらか(争点4)

三  争点に対する当事者の主張

1  被告所長に対して、原告を適切な病院へ移送することを求める本件訴えが適法であるかどうか、適法であるとした場合の請求の当否(争点1)について

(原告の主張)

(一) 後記4(原告の主張)記載のとおり、原告にはなお松果体部腫瘍が残存しており、残存腫瘍に対しての摘出手術が行われていないため、松果体部腫瘍による症状が消失しないままであること、脳内圧亢進によるとみられる諸症状も発現していることから、原告については、あらゆる角度から検査のうえ検討し、松果体部に残存する腫瘍に対する抜本的治療として何が必要かを早急に判定して、必要があれば摘出手術をし、シャント術を再度行う必要があるか否かを判定し、現在四か所に認められるという画像上の陰影部分について再発か壊死かを判定し、開頭のうえ、必要があれば摘出することが急務である。

そこで、原告については、松果体部腫瘍に対する抜本的な治療を施すため(本件では、摘出の必要性が高い。)、必要があればシャント術を再度施すため、及びCT、MRI画像上に認められる陰影部分が放射線照射による脳壊死であるのか、脳腫瘍の再発であるのかあるいは新たな腫瘍であるのかを確認し、かつ、それぞれに対する治療を施すため原告を適切な病院に移送する高度な必要性がある。

したがって、原告が、監獄法四三条一項にいう「其他ノ疾病ニ罹リ監獄ニ在テ適当ノ治療ヲ施スコト能ハスト認ムル病者」に該当することは明白であるから、被告所長には、原告を病院に移送する法律上の義務がある。

(二) この点、被告所長は、行政事件訴訟法が行政庁に作為を義務付ける訴えを一切認めていない旨主張する。

しかし、裁判例において、作為義務付け訴訟の許容性は一般論として肯定されているところであり、被告所長の右見解は独自のものにすぎず、失当である。

(三) また、被告所長は、在監者の病院移送については監獄の長の裁量を認めているものであることは明白であるから、作為義務が法律上一義的に明白とはいえず、したがって本件訴えは不適法である旨主張する。

しかし、そもそも、監獄法四三条一項の解釈上、監獄の長は病院移送につき裁量権を有しないというべきである。なぜならば、拘禁機関の行なう診療行為が医学の水準に照らして不当又は不合理なものである場合には、当該診療行為には過誤が存在し、その処遇は違法であり、拘置所に手術等適応の治療の設備や能力がなければ、他の病院等に患者の医療をゆだねる措置に出るべき義務があるところ、在監者を病院移送することが適当であるか否かは、当該在監者の病状に応じ、医学の水準に照らして一義的に決せられる問題だからである。そうである以上、病院移送を行なうにつき、医学の専門家ではない監獄の長による専門的技術的観点からする裁量的判断が介在する余地はなく、したがって、監獄の長に裁量権を認める必要性も合理性も存在しないのである。

仮に、病院移送につき、監獄の長にある程度の裁量権を認めざるを得ないとしても、その裁量権は、あくまで医学水準に照らして、施設内で行ないうる治療水準をもって当該在監者を治療することが適当であるか否か、という観点から行使される、非常に限定的なものと解釈すべきである。そして、当該在監者を施設内で治療し続けることが明白に医学上不適当であると判断される場合には、その者を病院移送しないままで放置することは、監獄の長の裁量権の範囲を逸脱するものであり、この場合、監獄法四三条一項は、一義的に明白に、監獄の長に対して病院移送を義務付けていると考えるべきである。

なお、この点に関し、監獄法四三条には「情状ニ因リ・・・移送スルコトヲ得」と規定されており、これを「いわゆる凶悪犯人などでないこと、逃走、罪証隠滅その他戒護及び紀律上の虞の特にないことなど疾病自体以外の情状」を意味すると解釈する学説も存在している。かかる考え方によれば、監獄の長は、在監者の病状とは無関係な諸事情を斜酌して、病院移送を行なうか否かを決する裁量権を有しているとも考えられる。しかし、右のとおり、病者たる在監者(死刑囚を含む)に対しいかなる治療をもって臨むかどうかは、あくまで医学の水準に照らして決せられるべき問題であるところ、疾病自体以外の情状を考慮してもよいとする解釈論が失当であることはいうまでもない。凶悪犯人であるからなどという理由で在監者から一般水準の医療を受ける権利を奪う行為は、刑罰の目的を超えた著しい苦痛を在監者に与えるものであり、明らかに憲法一四条の禁ずる不合理な差別、同法三六条の禁ずる残虐な刑罰に該当する。したがって、監獄法四三条にいう「情状」という要件を合憲的に解釈するとすれば、病状と解すべきである。そして、そうであれば、結局、病院移送は医学の水準に照らして決せられる問題となるのである。

(被告所長の主張)

(一) 原告の被告所長に対する本件訴えは行政庁である監獄の長に対して作為を命ずる給付判決を求めているものであるが、行政事件訴訟法三条一項は、「この法律において「抗告訴訟」とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。」として、同条二項ないし五項において抗告訴訟の類型を規定しているが、これらはいずれも行政庁の処分が行われた後において、当該処分の取消し、無効確認等を求める訴えを認めたもので、処分に先立って行政庁に作為・不作為を命ずる訴えまでは認めていない。

したがって、原告の被告所長に対する本件訴えは不適法というべきである。

(二) なお、行政庁に作為・不作為を求めるいわゆる義務付け訴訟を無名抗告訴訟として認める見解でも、それが認められるのは、<1>被告とされる行政庁の作為義務が法律上一義的に明白であって、もはや当該行政庁の第一次的判断権を留保する必要性のない場合であって、<2>当該行政庁の不作為によって原告に重大な損害ないし危険が切迫しており、かつ<3>他に救済を求める適切な方法がないといった事情があるときに限られるものと解しているところ、右訴えが、かかる要件を備えていないことは明らかである。

すなわち、在監者の病院移送については、監獄法四三条で「精神病、伝染病其他ノ疾病ニ罹り監獄ニ在テ適当ノ治療ヲ施スコト能ハスト認ムル病者ハ情状ニ因り仮ニ之ヲ病院ニ移送スルコトヲ得」と規定しているところ、同条の「適当ノ治療ヲ施スコト能ハスト認ムル病者」及び「情状ニ因リ」の文言は法律上一義的に解釈することはできず監獄の長の裁量を認めているものであることは明白である。

また、東京拘置所において、原告に対し治療を施すことができないような手術をする緊急の必要性が認められないことは、後記4(被告国の主張)記載のとおりである。

(三) よって、本件訴えは、その要件を欠き不適法なものであり、却下を免れない。

2  被告所長に、昭和五八年五月二四日以降、原告からの頭痛の訴えについて、脳腫瘍による脳圧亢進症状を疑い、速やかに諸検査を実施し、腫瘍に対する適切な治療を行うべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があるかどうか(争点2(一))について

(原告の主張)

(一) 原告の症状発生

原告は、かねてより体調がすぐれなかったが、昭和五八年五月に入り、非常に気分の悪い状態が継続していた。そして、同月二四日未明、猛烈な頭痛に襲われ、これ以降、原告は頭痛と嘔吐感に苦しめられ続けることとなった。

これに対し、東京拘置所医務部は原告の症状を精神的なものであるとしてまじめに取り合おうとせず、いたずらに頭痛薬や精神安定剤を投与するばかりであった。

同年七月には、原告はあまりの頭痛のひどさに起き上がることすらできず、一日中寝込んでいる状態となった。さらに同月下旬にいたり、足がもつれるようになり、平衡感覚にも障害が発生するところとなった。具体的には、面会室から房に戻る間、立って歩くことができず、はいずって戻るほどであった。また、周りが暗く見え、照明があっても明るく感じないという視力の低下も進行した。

(二) 東京拘置所による誤診

原告の窮状を心配した当時の原告の刑事弁護人らは、東京弁護士会を通じ、東京拘置所に対し、精密検査を要望するとともに病状照会を行なった。東京拘置所医務部は、昭和五八年八月三日に原告に対し精密検査(脳波測定等)を行ない、その結果を同月八日付けで回答したが、その内容は要旨「一時的な機能性の頭痛であり、諸検査の結果はいずれも正常だった。」というものであった。

(三) 東京拘置所の放置

しかし、原告の症状は一向に改善することはなく、むしろ猛烈な頭痛・嘔吐・足のもつれ等はひどくなる一方であった。そして、昭和五九年四月には、原告はしばしば意識を失うようにすらなった。意識の喪失は排尿中にも起こり、また失禁するようにもなった。原告はしばしば嘔吐もしていたので、房内は悲惨な状況に陥ったが、東京拘置所医務部は見て見ぬふりをするばかりであった。

この間、原告は、東京拘置所医務部の原因は精神的なものであるという説明を真面目に受けとめ、必死の思いで菜食療法や気功法、漢方薬、また縄飛び等の運動などを試していたが、全く効果は現われなかった。

一方、東京拘置所医務部が原告について異常なしと判断していたため、原告に対する刑事手続はそのまま進行し、控訴趣意書の提出期限、公判期日等が次々と訪れていたが、原告は右のような凄惨な症状のままこれらをこなさねばならなかったのである。原告は、公判廷で突如意識を失ったこともある。

同年六月に至り、原告の症状はさらに急速に悪化し、頭痛、嘔吐、失禁、意識喪失、手足のけいれん、しびれ、耳鳴り、鼻の圧迫感、視力低下、平衡感覚障害等が連続的に生じるところとなった。

(四) 誤診の発覚と慶應病院における検査

かねてより原告は、東京拘置所に対し、眼科医の診察も再三要求していたが、昭和五九年七月一四日に至り、被告所長は、原告に対し、ようやく眼科医の診察を受けさせた。診察を終えた同眼科医は、原告に対し、「眼底の視神経が腫れて赤くなっている。これは脳の中枢から来ている。大変なことなので、医務部に伝えておく。」と説明した。

昭和五九年七月一六日、慶應病院の医師は、原告に対し、造影剤を静脈注射しつつ頭部についてCT検査を行なった。

さらに、慶應病院の医師は、同月一九日、原告に対し、胸部及び腹部のレントゲン撮影並びに採血検査を行なうとともに、三回にわたり副腎皮質ホルモンの注射を行なった。

被告所長は、昭和五九年七月二〇日、原告を病院に移送することとし、その身柄を慶應病院に移した(以下、この移送を「本件病院移送」という。)。

右のような経過により、原告には、松果体部に腫瘍があることが判明した。

(五) 被告国の責任

公務員たる被告所長は、在監者たる原告に対し、診療を尽くす義務を負っている。

原告は、昭和五八年五月二四日から、猛烈な頭痛に襲われ、それ以後、歩行困難、視力低下、嘔吐、足のもつれ、意識消失の諸症状に苦しめられ続けた。それにもかかわらず、東京拘置所医務部は、脳波測定等のみの簡単な検査を行って、諸検査の結果はいずれも正常という回答をするばかりで、慶應病院で諸検査を実施する昭和五九年七月一六日の前日まで、何ら適切な処置をとらなかった。

しかし、原告の頭痛等の状態からすれば、被告所長としては、脳腫瘍による頭蓋内圧亢進症状を疑い、脳腫瘍の疑いある場合の諸検査、すなわち、X線検査、CT検査、MRI(磁気共鳴断層撮影法)検査、脳シンチグラム、髄液細胞診などを実施し、脳腫瘍に対する適切な治療を施すべきであった。被告所長はこれを怠り、原告を放置していた。

したがって、被告所長は、病者である原告に対する適切な治療を為す義務を怠ったものである。

(被告国の主張)

(一) 原告は、東京拘置所に入所した当初から、頭痛、めまい、霧目、腰痛、背部痛、肩こり等を訴え、東京拘置所医務部は、その都度、必要に応じ専門医の診察、諸検査を実施してきた。しかし、いずれの診察等においても、顕著な他覚症状は認められず、対症療法としての各種の投薬を続けてきた。

昭和五九年四月中旬ころ、頭痛の訴えが顕著になったため、同月二三日には脳波検査を含む一般諸検査、甲状腺機能検査等を、同月二八日には眼科専門医による眼底検査を実施したが、著変は認められず頭痛の原因は不明であった。そこで、東京拘置所医務部は、引き続き、右の対症療法を継続し経過観察を続けた。

同年六月一一日、原告は、東京高等裁判所における公判に出廷中、公判廷において、けいれんを起こし椅子から崩れるように滑り落ちたことがあった。その後も、ときどきよろけるなどの訴えがあった。しかし、症状を説明する際は手足の震えが止まっているなど不審な点もみられた。

同年七月四日、脳波検査、心電図測定、頭部のレントゲン撮影等を実施するとともに、眼科専門医の診察及びCT検査を実施することとした。

同月一四日、眼科専門医による診察の結果、左眼底に乳頭浮腫(鬱血乳頭)が認められた。乳頭浮腫は、眼底中央部付近にある血管、視神経等の集合部にうっ血、むくみを認めるもので、脳内部の脳脊髄液の流れが妨げられるような変化により脳脊髄液の循環不全による脳圧の上昇がみられる、いわゆる脳圧亢進症があることをうかがわせるものであり、脳腫瘍や脳膿瘍による頭蓋内圧亢進、高血圧、呼吸不全、網膜疾患、多発性神経炎、薬剤の中毒等によって出現するものとされている。

同月一六日、CT検査を実施した結果、原告の脳の頭蓋底中央部付近に松果体部の腫瘍と思われる塊状(最大径二〇ミリメートル弱のもの)の陰影を認め、これが原因で中脳水道圧迫による脳圧亢進症状が生じているものと予測され、早急に精密検査の上、治療のため脳室内の脳脊髄液をバイパス(直径一ミリメートルないし一・五ミリメートル程度のチューブを頭部から腹部までの皮下を通すもの。)により腹腔内へ流入させる、いわゆるシャント術を行うことが必須であると診断されたことから、同措置を講じるため早急に専門病院へ移送する必要を認めた。そこで、直ちに原告の受入れを承諾する病院の交渉に当たったが、当初、各病院とも、原告が重大事件の公安関係刑事被告人であることから、外部公安関係者、マスコミ等とのトラブル等を懸念し受入れに難色を示し、受入れ病院の確保に難渋した。しかし、同月一九日、ようやく慶應病院が理解を示し、同病院から静穏な治療関係を確保するため病院名、通院状況等は秘匿することを条件に原告の病院移送を受け入れるとの回答を得て、被告所長は、同月二〇日、原告にシャント術を実施するため原告を慶應病院に護送し入院させた。

なお、原告を入院させるに当たっては、前述のトラブルを回避するため、慶應病院での原告の氏名を「小田正子」とした。

(二) 原告は、東京拘置所に収監した当初から、常態的に頭痛、腰痛、背部痛、肩こり等の愁訴をすることが多く、特に頭痛の訴えは頻繁であり、これらに対する対症療法として各種の鎮痛剤等の投与を継続的に行ってきたものである。しかし、原告は、処方薬を自ら指定して投与を求めたり、自己の要求が受け入れられない場合は診察、諸検査を拒否したり、ハンガーストライキ等の手段で自分の要求を訴えるなどの自己中心的な傾向がみられてきた。原告は、ときどき、吐き気、めまい等を訴えることがあった。

右のような状況下にあって、昭和五九年四月中旬ころから、特に頭痛の訴えが顕著になったものである。そこで、東京拘置所医務部は、大事をとって同月二三日には脳波検査を含む一般諸検査、甲状腺機能検査等を、同月二八日にはかねてから必要に応じ実施してきた眼科専門医による眼底検査を施行したが、著変は認められず頭痛の原因は不明であった。つまり、この時点では、乳頭浮腫が認められなかったのであるから、少なくとも、顕著な脳圧亢進症はなかったとみるべきである。

また、同年七月一四日の眼科診察において、乳頭浮腫が認められ脳圧亢進症により頭痛等が生じていると推測されたため、同月一六日、原告を慶應病院に護送しCT検査を実施したところ、松果体部腫瘍と思われる塊状の陰影を認め、これが原因で中脳水道圧迫による脳圧亢進症状を呈しているものと推測されたため、脳圧亢進症の治療のための脳室内の脳脊髄液を腹腔内へ流入させるシャント術を行うことが必須であると診断し、同月二〇日、原告を慶應病院に病院移送し、可能な限り速やかな医療措置を講じた。

(三) 右のとおり、原告に対する東京拘置所の医療措置は適正に行われており、被告所長に、昭和五八年五月二四日以降、原告からの頭痛の訴えについて、脳腫瘍による脳圧亢進症状を疑い、速やかに諸検査を実施し、腫瘍に対する適切な治療を行うべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があるということはできない。

3  被告所長に、原告の脳腫瘍の存在が確認された後、根治するために摘出手術を行うべき義務があったにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点2(二))について

(原告の主張)

(一) 前記2(原告の主張)(四)記載のとおり、被告所長は、昭和五九年七月二〇日、原告を病院に移送することとし、その身柄を慶應病院に移した(本件病院移送)。

同日、被告慶應は、原告本人及び原告の父から、手術に対する同意書を徴収した。同日夕刻、慶應病院の当時の「脳外科医部長」は原告に、「脳髄液を流す管が一か所細くなり、そこにこの液がたまり、それですごい頭痛があるのです。細くなったものを元に戻すのが本来の治療ですが、それは頭痛などを直さないとできないので、まずたまっている脳髄液をとる手術をします。手術後の本来の治療の方針は、まだ立っていません。放射線とか色々あるのですが、方針が立ってからきちんと説明します。」と説明し、これに対し、原告が、「素人にもわかるように説明してください。説明の時はお願いします。」との希望を述べたところ、脳外科部長は、「もちろん専門的な説明をするつもりはありませんが、説明します。」と答えた。そのうえで、同人は、手術は早いほどよいのでこれから直ちに行なうこと、手術のためには坊主にすることが必要であることを説明したので、原告はこれらを了承した。なお、右脳外科部長の説明中、原告は少なくとも二回は意識を失っており、このため右に述べたほか、原告がどのような告知を受け、または問診されたかについては、原告の記憶は定かではない。

同日、慶應病院の医師は、原告に対し、脳室内液を腹腔内へ流すためのバイパスを付ける手術(シャント術。本件手術)を行なった。

ところが、同月二三日、被告所長は突如として病院移送を終了し、原告の身柄を東京拘置所へと移した。このため、これ以降、原告に対する適切な診療を行なうことが不可能となった。

その後、慶應病院の医師は、原告に対し、同月三一日から同年一〇月一三日までに、合計二七回にわたり放射線治療(以下「本件放射線治療」という。)を行なったが、原告の腫瘍は消失しなかった。

しかし、その後、現在に至るまで、何ら適切な対応はとられていない。

(二) 原告の病名と必要な診療

(1) 原告の病名は、松果体腫瘍と説明されており、これが原因で種々の症状が現われていると思われる。

(2) 松果体部腫瘍は、脳腫瘍のうち、第三脳室の上壁の最後部にある、内分泌腺の機能を持つといわれる脳松果体部に発生する腫瘍である。

そして、松果体部腫瘍の症状は、閉鎖性水頭症による頭蓋内圧亢進病状すなわち、頭痛、吐気、嘔吐、けいれんと、局所症状であるArgyll Robertson瞳孔(対光反射のみ欠如し、輻榛反射のみ健在する瞳孔)、Parinaud徴候(眼球の共同的上下運動の麻痺)、複視、歩行障害、視力視野障害、耳鳴り、聴力低下など多様である。

松果体部腫瘍は、一般に次のように分類されている。

ア 松果体部実質細胞由来の腫瘍(松果体腫)

極めて稀な腫瘍で、<1>松果体腫、<2>松果体芽細胞腫(極めて悪性)がある。

イ 胚細胞由来の腫瘍

<1>胚細胞腫(Germinoma)、<2>類奇型腫(悪性)、<3>奇型腫、<4>混合型に分類されている。

ウ これ以外の細胞由来の腫瘍

<1>神経膠腫(悪性)、<2>髄膜腫、<3>脂肪腫、<4>類上皮腫

(3) 松果体部腫瘍の診断

脳腫瘍に対する診断としては、病歴、症状の聴取ののち、単純X線検査、CT検査、MRI検査、脳シンチグラム、血管造影髄液細胞診の各検査によって確診に至る。そして、松果体部腫瘍には様々な種類があって、それに対応して治療も異なるため、これらの検査により、腫瘍の位置、大きさ、種類、組織像を探ることが不可欠となる。

(4) 松果体部腫瘍の治療

松果体部腫瘍に対する治療は、可能な限り摘出して、補助療法として放射線療法、化学療法、免疫療法を加えることが原則となっている。そして、松果体部脳腫瘍は、脳浮腫、けいれん発作、内分泌症状、自律神経症状を呈するので、それぞれに対応した治療も必要になる。腫瘍による閉塞性水頭症の場合には、髄液路のバイパス(シャント)手術を行う必要がある。

放射線療法は最も頻繁に用いられ、有効な補助療法ではあるが、照射量が多くなれば、腫瘍部だけではなく周囲の正常脳組織に対しても照射が加えられるので、その部分への放射線壊死、すなわち脳組織(正常細胞)の破壊の副作用(放射線障害)の危険が増加する。

(三) 原告については、右(二)記載のとおり、松果体部腫瘍を摘出する治療をすべきであったにもかかわらず、右(一)記載のとおり、原告はこれまで、慶應病院により脳室内液の腹腔内へのバイパス手術(シャント術)および放射線(コバルト)合計五四〇〇ラドの照射を施され、以後、経過観察と抗腫瘍剤の投与のみがなされている状態である。そのため、原告は、残存した腫瘍の圧迫に伴う頭痛に恒常的に苦しめられることとなり、また、放射線の障害として脳白質部の障害、すなわち白質脳症に苦しめられている。

(四) 以上からすると、被告所長は、原告について、松果体部腫瘍を摘出する義務があったというべきであり、被告所長には、右の義務を怠った過失があるというべきである。

(被告国の主張)

(一) 本件手術について

昭和五九年七月二〇日、慶應病院において、担当医が原告にシャント術に関する説明を行ったうえで、午後七時五五分から午後八時五〇分にかけて本件手術が実施された。術前診断は、松果体部異常による内脳水腫であり、術後診断も同じであった。

術式は次のとおりである。

まず、右前頭部に約四センチメートルの皮切を加え、穿頭して硬膜に達し、硬膜に小十字切開を行った後、チューブを脳室に挿入する。次いで、上腹部右傍正中を皮切し腹膜を切開して腹膜内までチューブを挿入する。さらに、チューブ接続のために右頚部二か所に小皮切を加える。次いで、右小皮切の間を繋ぐように、皮下に直径(外径)約二ミリメートル程度のチューブを挿入してバイパスとする。全部のチューブを接続した後、閉塞のないことを確認して、各切開部位を閉創する。原告に対するシャント術は右の術式のとおり実施され、手術時の出血は約二〇cc程度であった。術後は、原告を病室に移して安静にし、経過を観察した。

翌同月二一日午前七時の段階で、原告の意識は清明で見当識も良好であった。その後も経過は順調で、発熱等特段の問題もなく、同月二三日午前七時退院し、原告を東京拘置所に帰還させた。

なお、退院時の原告の状態は極めて良好であり、還送を認めるについて支障は全くなかった。

(二) 本件手術後の経過について

(1) 昭和五九年七月二三日、原告は、慶應病院から帰還したが、その後の経過は良好であった。東京拘置所医務部は慶應病院放射線科医師の意見を聴したうえで、同病院に対し、原告の松果体部腫瘍に関する治療を依頼した。

なお、松果体部腫瘍の治療法としての切開術の選択は、切除自体が脳の一部を侵襲することであり、松果体部は運動中枢にも近く、切除の際の事故により身体機能に重大な障害を与える危険があることを考慮し、原則として行わないのが相当であるとの方針で治療に臨んだ。

(2) 昭和五九年七月三一日、原告を慶應病院放射線科に護送し受診させた。それまでのCT検査を実施した結果、原告の松果体部領域には造影剤による強調の陰影を伴う腫瘍が存在することが判明していた。検査結果の検討から、原告の松果体部腫瘍は髄膜腫及び上衣腫ではなく、胚細胞腫(germinoma)若しくは神経膠腫(glioma)のいずれかであろうと推定されたが、胚細胞腫は統計的観点(男性患者が圧倒的に多い)からむしろ否定的であり、神経膠腫が疑われていた。

治療については、右腫瘍のいずれかであるかについて診断的治療を行うこととし、限局した照射野で二〇グレイを照射して様子をみることにした。仮に照射により腫瘍が反応し明確に減縮した場合には、胚細胞腫であると考えられるが、その場合には転移の可能性がより強くなるので、照射野を広げて全脳室に対して行う方針を立てた。放射線照射は、頭部の左右から対向二門照射により、各皮膚面で五・五センチメートル四方の照射野に照射を行い、病巣部での線量が各一〇〇ラドずつ合計二〇〇ラドが均等に照射されるよう調整して実施することとした(なお、グレイとは、放射線量の単位で、一グレイは一〇〇ラドである。)。

(3) 前記治療方針に従い、第一クールとして、昭和五九年七月三一日から同年八月一〇日までの間に一〇回、合計二〇〇〇ラドの照射を実施した。二〇〇〇ラドの照射を実施した後、同年八月一〇日にCT検査を実施し腫瘍の状態を確認したところ、脳室の拡大はなく、腫瘍の大きさはほぼ不変であり、造影剤による強調を伴った陰影はそのままの状態で存在した。その結果、神経膠腫であろうとの診断の下に、さらに総計六〇グレイまで限局した照射野のまま照射を継続することとし、中間の四〇グレイの段階で、再度CT検査を実施して治療結果の評価を行うこととした。

(4) 昭和五九年八月一三日から同月二四日までの間に一〇回、さらに二〇〇〇ラドの照射を行い、同月二四日、CTスキャン検査を実施して治療結果の評価を行ったところ、腫瘍はわずかに縮小したのみで放射線に対する感受性が鋭敏でなかったことから、胚細胞腫はほぼ完全に否定され、比較的良性の神経膠腫若しくは松果体細胞腫のいずれかであろうと診断された。

さらに、同月二七日、二八日の二回にわたって合計四〇〇ラドの照射を行い、全線量が四四〇〇ラドに達したところで、一時照射を止めてその後の経過を観察した。

(5) 昭和五九年一〇月五日、CT検査を実施して放射線治療結果の評価を行った。このときのCT検査は、原告には軽度であるがヨード過敏性と思われる造影剤によるアレルギー反応があったので、造影剤を使用しない単純撮影で行った。そのため、従来のCT検査の結果との正確な比較は困難であったが、腫瘍の大きさは前回に比較して五ミリメートル程度縮小したのみで大差は認められなかった。また、神経学的所見については特段の異常は認められず、脳圧亢進の兆候もなかった。

右の結果を踏まえて、さらに同月八日から同月一三日にかけて五回、合計一一〇〇ラドの追加照射を行って放射線療法を終了した。

(6) 治療の予後については、昭和六〇年一月以降、ほぼ毎年一、二回程度の間隔でCT検査を実施して経過観察を実施しており、平成三年四月からはCT検査に代えてMRI検査を実施し現在に至っている。検査結果としては、平成三年四月二五日のMRI検査で腫瘍の大きさが直径一・二センチメートルであり、その後、おおむね腫瘍の大きさに変化はなく、再発、播腫の所見はみられていない。

したがって、放射線治療の効果は十分に満足すべきものであったと評価できる。

なお、その後、原告は、氏名を「大川夏子」とし慶應病院での診療を受けている。

(三) 東京拘置所医務部は、昭和五九年七月一四日の眼科診察において、原告に乳頭浮腫が認められ脳圧亢進症により頭痛等が推測されたため、同月一六日、原告を慶應病院に護送しCT検査を実施したところ、松果体部腫瘍と思われる塊状の陰影を認め、これが原因で中脳水道圧迫による脳圧亢進症状を呈しているものと推測されたため、脳圧亢進症の治療のための脳室内の脳脊髄液を腹腔内へ流入させるシャント術を行うことが必須であると診断し、同月二〇日、原告を慶應病院に病院移送し、可能な限り速やかな医療措置を講じた。そして、シャント術は成功し脳圧亢進症は改善されたため、原告を東京拘置所に帰還させたものである。これは、東京拘置所が慶應病院に依頼をしたシャント術が終了し所期の目的が達成されたため帰還させたものであり、帰還させた措置について非難されるいわれはない。

さらに、手術後、放射線療法等による治療を実施し、併せて定期的にCT検査又はMRI検査、脳外科専門医等の診察を実施しているが、手術後現在に至るまで、松果体部腫瘍の増大、脳圧亢進は認められず、乳頭浮腫も消退しており、いずれも安定していることから、ことさら松果体部腫瘍の切除手術は必要ないのである。

したがって、原告の松果体部腫瘍に対する治療は適切に行われているというべきであり、被告所長に、原告の脳腫瘍の存在が確認された後、根治するために摘出手術を行うべき義務があったにもかかわらずこれを怠った過失があるということはできない。

4  被告所長に、現在原告に生じている症状に対し、適切な治療を行うべき義務があるにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点2(三))について

(原告の主張)

(一) 原告の症状の悪化と治療の必要性について

原告の症状は、本件手術により一旦は軽減したものの、昭和六〇年初頭ころより再び悪化し始め強度の頭痛、耳鳴り、難聴、嘔吐、霧視、視力低下、眼の痛み、肩の痛み、手足のしびれ、足のもつれ、足の痛み、記憶喪失などに常時苦しめられるところとなった。また、近時、体のあちらこちらに連続的なけいれんが生じるようにまでなっている。原告の症状は、本件病院移送以前の症状に酷似しているのである。

原告はこれまで、慶應病院により脳室内液の腹腔内へのシャント術および放射線(コバルト)合計五四〇〇ラドの照射を施され、以後、経過観察と抗腫瘍剤の投与のみされている状態である(ただし、現在は抗腫瘍剤の投与も行なわれていない。)。しかし、被告所長のこれまでの説明からすれば、原告の松果体部腫瘍は縮小しているといわれているが、なお残存していることが確認されている。また、原告の脳のMRI画像上、左視床部に線伏の、右視床部に米粒大の、左右前頭部に小指頭大の各陰影があり、これらは放射線照射による脳壊死であると認められる。さらに、原告には放射線照射により、左右大脳白質部に白質脳症等が発現している。

しかも原告は、現在、様々な症状、すなわち高度の頭痛、針を内側から刺されたような目の痛み、内臓のけいれんを含む全身のけいれん、吐き気、嘔吐、めまい、難聴、記憶喪失などに日々悩まされており、これらは松果体部に残る腫瘍による症状、脳壊死による症状と考えられ、また、脳腫瘍の再発も強く疑われる。

松果体部腫瘍に対しての治療として、放射線照射を施してもなお腫瘍が残存している場合には、腫瘍に対しての直接の摘出手術が必要である。原告については、松果体部腫瘍はなお残存しており、残存腫瘍に対しての摘出手術が行われていないため、松果体部腫瘍による症状が消失しないままであると考えられる。また、脳内圧亢進によると見られる諸症状も発現しており、再度のシャント術の必要性も考えられる。

(二) 平成五年二月、東京拘置所医務部が大谷恭子弁護士に対して口頭で説明したところによると、平成四年一〇月一五日のMRI検査において、左視床部に線上の、右視床部に米粒大の、左右前頭部に小指大の各陰影が新たに認められたということである。

放射線による脳壊死(Radiation Necrosis)と脳腫瘍の再発とは、CT、MRIの画像上きわめて厳格に判定する必要があり、なおかつ鑑別することが困難な場合もある。したがって、放射線治療中に画像上に陰影を認めた場合には、関頭して外科的に除去することが最善と考えられている。また、脳壊死が陰影の大部分であったとしても、その一部に腫瘍が残存している可能性は十分あるという点から見ても、摘出手術は必要である。

そして、脳壊死そのものも、脳機能損傷のほかに放射線起因の肉腫を引き起こす危険があり、長期間異物として残存すれば生存に重要な影響を及ぼすさらなる副作用を併発する。このため、壊死部分の摘出手術が必要な場合がある。

また、平成八年二月二六日のCT検査において、残存する松果体部腫瘍からの出血が認められたが、再度大出血すると、原告の生命に危険が及ぶおそれがあることから、原告の松果体部腫瘍を摘出する必要性があるというべきである。

(三) 右のとおり、原告については、松果体部腫瘍の摘出、再度のシャント術、脳壊死部分の摘出手術等について、あらゆる角度から検査の上検討し、<1>松果体部に残存する腫瘍に対する抜本的治療として何が必要かを早急に判定して、<2>必要があれば摘出手術をし、<3>シャント術を再度行う必要があるか否かを判定し、<4>現在四か所に認められるという画像上の陰影部分について腫瘍の再発か壊死かを判定し、開頭の上、必要があれば、摘出することが急務である。

しかるに、被告所長は、原告に対しその病状について説明義務を負っているにもかかわらず、その義務を怠り、原告を放置したままにしているのであり、被告所長には、現在原告に生じている症状に対し、適切な治療を行うべき義務があるにもかかわらずこれを怠った過失があるというべきである。

(被告国の主張)

(一) 原告の最近一年間の動静について

(1) 通常動作

昼間は、ときどき横臥することはあるが、起床し手紙等を筆記したり、新聞を読んだり、読書をすることが多く、ときどき絵をかくこともある。夜間は比較的よく眠っている。面会はほとんど週に三、四回程度実施しており、よく話している。運動は、週に二、三回で一回につき三〇分間実施している(夏期は二回でその余は三回実施している。ただし、雨天等で運動場を使用できない場合は実施していない。)ところ、原告はほとんど毎回欠かさず参加し、最初に縄跳びを一〇分程度、その後運動場内を歩行するのがパターン化しており、比較的元気な様子がうかがえる。原告は一日四〇〇回の縄跳びをメニューとし実施しているようである。入浴も週に二、三回実施している(夏期は三回でその余は二回実施している。)ところ、原告はほとんど毎回欠かさず入浴している。食事は、傾向として主食をあまり喫食せず副食を三分の一喫食する程度であるが、間食は菓子類をよく喫食しており、食事状況においても健康上の問題は認められない。

(2) 嘔吐等

原告から、「居房でしばしば吐いて衣類を汚す。」等の申出があったが、原告が嘔吐している状況を現認した職員はいない。また、数回、嘔吐物の確認を行ったことはあるが、いずれもコーヒーと思われる液体、唾液、口腔内残渣が含まれた液体であり、胃内の消化物は含まれていなかった。さらに、「原告が尿療法を行っている、ときどき痙攣がある」との記載が原告の発信書等に認められるが、これまで、原告が尿を飲用したり、点眼している状況及び原告が痙攣を起こしている状況を確認した職員はいない。

(二) 原告の頭部の新しい陰影について

平成四年一〇月一五日実施されたMRI検査において、左視床に線状(一×一〇ミリメートル)、右視床に米粒大(縦三ミリメートル大)、左右大脳半球白質に小指大(一〇×二〇ミリメートル)の陰影が認められたが、その後、年二回程度定期的にMRI検査を実施しているところ、現在に至るまでその陰影の拡大は認められず、これが原因とされる症状も認められていない。

平成六年一月七日実施されたMRI検査に基づく診断結果によれば、前記の陰影については放射線照射による脳壊死か否かの鑑別に決定的な方法及び所見はなく、しかも他覚的神経所見からもこの陰影による症状の増悪はなく、原告に緊急な医療措置を講じる必要性は認められないとされている。

(三) 原告の法的地位と東京拘置所の医療体制について

(1) 原告の法的地位について

原告は、平成五年三月一〇日、死刑が確定した者であるので、まず、死刑確定者の法的地位について述べる。

死刑は、人間として最も凶悪無惨な犯罪に対しやむなく科される最高究極の刑罰である。それは、唯一絶対の価値である生命を奪うものであるから、考えうる限りの慎重な刑事手続を経て確定され、かつ執行されるものである。そして、この死刑が確定した者は、その執行に至るまで監獄に拘置される(刑法一一条二項)。同規定による拘禁は、自由刑の執行の内容としての拘禁とも、未決勾留による拘禁とも、その目的及び性格を異にするものであることはいうまでもない。すなわち、死刑確定者の拘禁は、刑法が死刑執行の前置手続として定めたものであり、刑の執行まで身柄を確保するための絶対的拘禁でなければならない。したがって、この絶対的拘禁中の病院移送については、他の在監者に比べてより慎重を期す必要がある。

(2) 東京拘置所の医療体制

東京拘置所は小規模ではあるものの、医療法七条一項及び医療法施行令一条に基づき開設された、いわゆる総合病院(病舎)として医師一一名を配置し(うち脳外科医を昭和六一年五月以降二名を配置しているが、眼科医は配置していない。)、必要に応じて入院加療、薬物療法等の医療措置が可能な医療体制を備えている。被収容者から体調が不調である旨の訴えがあった場合には、当該被収容者から診察の出願をさせ、同出願を受けて、あらかじめ舎房棟単位で指定する一週間に二日の診察日に、東京拘置所の専門医又は必要に応じて招へいした外部の専門医をもって東京拘置所内の診療室において診療を実施する、いわゆる「外来診療」を実施している。そのほか、夜間や日曜日等の休日において緊急な診療が必要な場合には、毎日配置する当直の医師(以下「当直医」という。)が対応し、診療を実施している。そして、当直医で対応することが相当でない場合には、しかるべき別の専門医を呼び出し当該診療に当たらせる体制を整えている。また、病状によって必要があれば、東京拘置所内の病棟に完備する集中治療室(ICU)に収容し診療を行っている。東京拘置所内では十分な診療を行えないと判断されるような場合、すなわち、東京拘置所に専門医を配置していない診療科や東京拘置所に設置していない特殊な医療機械等による診療が必要な場合は、被収容者を外部の病院に移送し診療を行うことがあるが、その例はまれである。

(四) 被告所長の措置の適法性について

原告に係る本件手術(シャント術)は成功し脳圧亢進症は改善されたため、原告を東京拘置所に帰還させたものである。これは、東京拘置所が慶應病院に依頼をしたシャント術が終了し所期の目的が達成されたため帰還させたものであり、帰還させた措置について非難されるいわれはない。

さらに、手術後、放射線療法等による治療を実施し、併せて定期的にCT検査又はMRI検査、脳外科専門医等の診察を実施しているが、手術後現在に至るまで、松果体部腫瘍の増大、脳圧亢進は認められず、乳頭浮腫も消退しており、いずれも安定していることから、ことさら松果体部腫瘍の切除手術は必要ないのである。

加えて、平成四年一〇月一五日のMRI検査で認められた新しい陰影についても、東京拘置所医務部の医師及び慶應病院医師の診断によれば、拡大が認められず、安定した状態にあり、また、他覚的な神経所見から脳壊死によると思われる症状の増悪はないので、緊急な医療措置を講ずる必要がなく、病院移送も必要がないとされている。

(五) 右のとおり、原告に対する東京拘置所の医療措置又は東京拘置所が慶應病院に委託して行った医療措置は、いずれも適正に行われており、違法な点は認められない。また、東京拘置所医務部の医師及び慶應病院医師の診断によれば、原告の松果体部腫瘍及び新しい陰影については、いずれも現在において、緊急な医療措置を講じる必要がないということであり、原告を外部病院に移送し治療を行うべき必要性も認められない。今後、仮に松果体部腫瘍等の増大が検査上明らかになった場合には、被告所長においては、病院移送を含め適宜最善と思われる加療を行う用意がある。そうすると、原告をこれまでどおり東京拘置所医務部において、各種検査及び各専門医の診察を実施しながら経過を観察し、各種の愁訴には対症療法で臨むことが相当である。

したがって、被告所長は、現在、原告に対する適切な治療を行っているというべきであり、原告を病院に移送して、原告の主張するような治療を受けさせる義務があるということはできない。被告所長に、現在原告に生じている症状に対し、適切な治療、説明を行うべき義務があるにもかかわらずこれを怠った過失があるということはできない。

なお、原告は、被告所長は、原告に対しその病状について説明義務を負っているにもかかわらず、その義務を怠っている旨主張するが、被告所長は、既に述べたとおり、原告に対する診察及び対症療法を適切に行っており、診察に際しては、担当の医師が原告に対して必要な範囲で説明を行っているところであり、原告が東京拘置所の被収容者としての立場からくる制約により原告自身が希望する治療を一〇〇パーセント受けることができないとしても、これをもって被告所長がインフォームド・コンセントを怠っているとはいえない。

5  原告と被告慶應の間に診療契約が存在するかどうか(争点3(一))について

(原告の主張)

(一) 診療とは医師が患者の諸症状の原因を医学的に的確に判断のうえ、これに対する適切な治療をすることをいい、診療契約とは診療をなすことを目的とする準委任契約ないし、特別の無名契約と考えられる。

医師法および医療法によって医療行為は厳しく律せられ、医師でなければ医業をなしてはならず(医師法一七条)、医師は自ら診療をしないで治療をしてはならない(同法二〇条)し、医療は医師等の医療の担い手と患者の信頼関係に基づく、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨としたものでなければならないとされている(医療法一条の二)。

(二) 原告の診療について、国が診療を尽くす義務を負っていることは明らかであり、当初国が診療を行っていたが、昭和五八年七月一六日、原告を慶應病院に連れていき、以後、慶應病院が独立した医療機関として原告の診療を行うことになった。国としては自らの診療能力を超えているものと判断し、診療体制を持った慶應病院で診療を受けさせることにしたのである。

そして、慶應病院は独立した医療機関として、患者である原告に対して診療をすることにしたのである。慶應病院は原告の諸症状の原因を医学的に的確に判断し、適切な治療をするその責任を医療機関として負ったのであって、原告が慶應病院の医師の診察を受けた時点で原告と被告慶應との間に診療契約が成立したものというべきである。

(三) 被告慶應は、原告と被告慶應との間には診療契約は成立しておらず、被告慶應は、補助者にすぎないと主張する。

しかし、例えば基本的に国が原告の脳腫瘍を抜本的に治療することのできる体制を東京拘置所内に持ち、その治療をしているときに、他の医師が関与し、補助したというのなら補助者といい得るかもしれないが、本件では国がもはや対処出来ないと判断して慶應病院に原告を診療させたのであるから補助関係は全くない。しかも医師法上自ら診察をしないで治療をすることはできない(同法二〇条)のだから、東京拘置所において診察をし、その判断のうえにたって、慶應病院にある一部だけの治療を行わせるということはできない。したがって、慶應病院は自ら独立した医療機関として原告の診察をなし、そのうえで治療をしたというべきである。しかも医師法によれば医師は診療を正当な理由なく拒んではならない(同法一九条)とされており、診察をした以上、治療をなす義務があり、慶應病院は治療を行うべき立場になったのである。

被告慶應が主張するように、医師と患者間に診療契約のない診療行為があるということになると、医師が患者に対し、何ら契約上の義務を負わないで診療することのありうることを認めることになるが、そのようなことは、医師法上あってはならないのである。

(四) 被告慶應は慶應病院の院長あてに患者である原告の入院証書を差入れさせており、保護者として原告の父である永田正男の印を押させ、また、被告所長を連帯保証人としているが、この入院証書は原告と被告慶應間の直接の診療契約を明確にし、かつ、原告側の契約上の履行内容を保証する者を定めるために東京拘置所所長に連帯保証させたものというべきである。仮に、被告慶應が主張するように、被告慶應が被告所長の補助者であるにすぎないとすれば、被告所長が原告の連帯保証人になることなどあり得ないというべきである。

(五) 以上のとおり、昭和五八年七月一六日、診療開始時に原告と被告慶應との間には明確に診療契約が成立したというべきである。なお、仮にそうでないとしても少なくとも同月二〇日、原告が慶應病院に入院した時点で診療契約は成立しているというべきである。

(被告慶應の主張)

(一) 慶應病院は、原告との間の診療契約に基づいて原告の治療を行っているものではなく、法律によって原告の身柄を拘束してその健康について一定の責任を持つ東京拘置所の依頼を受け、その補助者として診療を実施しているものである。

したがって、原告に対する経過観察としての診察の結果は、まず、東京拘置所に伝えており、原告に対するその内容の告知や医療上の指導は、東京拘置所が原告処遇上の諸要素を考慮してこれを行う立場にある。慶應病院が第一次的にその治療の責任を負っているものではない。

(二) 原告は、原告の疾病について被告国の医療機関としては手に負えないことから、国の施す医療行為とは別に原告に慶應病院の診療を受けさせたこと、原告に対する慶應病院の治療・手術に先立って、慶應病院の担当医師が原告に対して、病状、治療方針、手術内容の説明を行ったこと、原告から手術同意を得たこと、原告の父親が入院の保証人となっていること等の事実をもって、原告と被告慶應義塾との間に診療契約が成立したと主張している。しかし、原告は、既に判決が確定した死刑囚たる在監者であり、その身柄は監獄法の定めるところにより監獄に収監され、拘禁されているものであって、一般通常人とは異なる法的な立場にある。

慶應病院の立場は、事実面としては、独立した医療機関として原告の診療に当るものではあっても、在監者に対して医療を施すという点では、被告所長の指示のもとに原告の治療に当っているものである。

しかし、実際の診療行為の実施にあたっては、患者に同意能力がある限り、当該診療行為に関する患者自身の承諾が必要である。その承諾を得ることと診療契約の締結は、通常は一致することが多いであろうが、理論上必ず一致しなければならないものではない。ちなみに、医師若しくは医療機関が患者に対して医療を施す場合、必ず患者本人との間で診療契約を締結しなければならないものではなく、患者と一定の関係にある者との間で診療契約が締結される場合もある。例えば、精神衛生法三三条に基づく同意入院の場合は、精神障害者の保護義務者と医療機関開設者との間の第三者のためにする準委任契約であると解されている。

また、医療機関の施設内に患者を収容して治療に当たる場合、その病院施設の管理の必要に応じた指示に従うべき誓約書を患者から提出させることがあったとしても、それが直ちに診療契約成立を意味するものではない。

本件において、シャント術施行にあたり、原告に説明してその同意を得たこと、入院証書等を提出させたこと等の事実は、右に述べた趣旨のものであり、原告との診療契約の成立を意味するものではない。

(三) 原告が援用する医師法二〇条の規定は、各医師が、自ら診察をしないで診療及び処方箋の交付を行ってはならない旨を定めているにすぎないものであって、診療契約に関するものではない。慶應病院は、被告所長との間の診療契約に基づき、原告を診察して必要な治療行為、手術を行ったものであって、何ら医師法上の問題はない。

6  被告慶應に、原告の脳腫瘍を摘出すべき義務があったにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点3(二))について

(原告の主張)

(一) 前記3(原告の主張)記載のとおり、慶應病院は、松果体部に腫瘍ができた原告に対し、本件手術、本件放射線治療を行ったが、松果体部腫瘍の治療としては、腫瘍を摘出する手術をすべきものである。

それゆえ、慶應病院は、原告の松果体部腫瘍に対する治療として、腫瘍の摘出をすべきであったし、放射線治療は、後発の放射線障害という副作用が予想されるため、副次的治療として考えるべきものであり、松果体部腫瘍についてできるだけ腫瘍の摘出を行ったうえでなお残存する腫瘍がある場合に放射線治療を施すべきであった。

しかるに、慶應病院は、原告を受け入れた時点から、諸検査結果を踏まえて、最終的に腫瘍の摘出手術を考慮に入れた治療計画のうえに立って診療をしなければならなかったにもかかわらず、脳圧亢進を収める措置としてシャント術を施し、腫瘍を摘出せず放射線治療のみを施すにとどまった。そのため、原告は、残存した腫瘍の圧迫に伴う頭痛に恒常的に苦しめられることとなり、また、放射線の障害として脳白質節の障害、すなわち白質脳症に苦しめられている。

(二) したがって、被告慶應には、原告について、腫瘍を摘出せず放射線治療のみを施したという点で診療契約上の義務違反ないし不法行為を構成する過失があるというべきである。

(被告慶應の主張)

(一) 本件手術について

(1) 脳脊髄液の循環不全により脳圧が亢進した場合は、外部にバイパスを設けて脳内の脳脊髄液を腹腔内に排出して脳圧を減少させる処置を行う。その手術を一般に「シャント術」と称する。バイパスは、細いチューブを脳室まで挿入して脳脊髄液の取りだし口を設け、そのチューブを頭部から腹部までの皮下に挿入した直径約二ミリメートルの細いチューブに接続し、最後にチューブの末端を腹腔内に挿入し、脳脊髄液を腹腔内に排出するように形成する。

この手術は、脳圧亢進による諸症状の発現を防止するために行う一種の対症療法である。

(2) 原告は、昭和五九年七月二〇日、右のシャント術施行のために、慶應病院脳神経外科に緊急入院させられた。入院に当たって慶應病院は、東京拘置所医務部から、原告の既往歴、現病歴を記載した文書及び最近の諸検査結果の記録を受領した。

慶應病院では、原告に対して、脳圧が亢進しているのでその減圧のために脳脊髄液を腹腔内に誘導するいわゆるシャント術と呼ばれる手術を行う必要があること、当該手術は早いほうがよいのでこれから直ちに行うこと、手術のためには剃髪して坊主頭にすることが必要であることを説明したところ、原告は右説明を了承して手術を受けることを承諾した。慶應病院の医師は、右の手術に関する説明を行った後、午後七時五五分から午後八時五〇分にかけて本件手術を実施した。術前診断は、松果体部異常による内脳水腫であり、術後診断も同じであった。

本件手術の術式は次のとおりである。

まず、右前頭部に約四センチメートルの皮切りを加え、穿頭して硬膜に達し、硬膜に小十字切開を行った後、チューブを脳室に挿入する。次いで、上腹部右傍正中を皮切りし腹膜を切開して腹膜内までチューブを挿入する。さらに、チューブ接続のために右頚部二か所に小皮切りを加える。次いで、右小皮切りの間をつなぐように、皮下に直径(外径)約二ミリメートルのチューブを挿入してバイパスとする。全部のチューブを接続した後、閉塞のないことを確認して、各切開部位を閉創する。

原告に対する本件手術は右の術式どおりに実施され、手術時の出血は約二〇cc程度であった。

(3) 慶應病院の医師は、本件手術後は、原告を病室に移して安静にし、経過を観察した。

昭和五九年七月二一日午前七時の段階で、原告の意識は清明で見当識も良好であった。その後も原告の経過は順調で、発熱等特段の問題もなく、原告は、同月二三日午前七時、還送のために退院した。なお、退院時の原告の状態は極めて良好で、在監者以外の一般の患者がシャント術を受けた後、帰宅又は転院のために退院が認められる場合の術後期間、術後の状態と何ら変わったところはなく、還送を認めるについて全く支障はなかった。

(二) 慶應病院放射線科における治療について

(1) 慶應病院は、東京拘置所からの依頼により、松果体部腫瘍についてさらに治療面での協力を求められたので、慶應病院放射線科において原告の治療を行うこととした。

なお、松果体部の腫瘍の治療法としての切除術の選択は、切除自体が脳の一部を侵襲することであり、松果体部は運動中枢にも近く、切除の際の事故により身体機能に重大な障害を与える危険があることを考慮して、原則として行わない。

(2) 原告は、昭和五九年七月三一日、慶應病院放射線科外来を受診した。

これまでのCT検査の結果から、原告の松果体領域に造影剤により強調された陰影を伴う腫瘍が存在することが判明していた。

検査結果の検討から、原告の松果体部腫瘍は髄膜腫及び上衣腫ではなく、胚細胞腫(germinoma)若しくは神経膠腫(glioma)のいずれかであろうと推定されたが、胚細胞腫は統計的観点(男性患者が圧倒的に多い)からむしろ否定的であり、神経膠腫が疑われていた。

治療については、右腫瘍のいずれであるかについて診断的治療を行うこととし、限局した照射野で二〇グレイを照射して様子をみることにした。もし、この照射に対して腫瘍が反応してはっきりと縮小した場合には、胚細胞腫であると考えられるが、その場合には転移の可能性がより強くなるので、照射野を広げて全脳室に照射する方針を立てた。

(3) 放射線照射は、頭部の左右から対向二門照射により、各皮膚面で五・五センチメートル四方の照射野に照射を行い、病巣部での線量が各一〇〇ラドずつ合計二〇〇ラドが均等に照射されるよう調整して実施した。

前記(2)に記載した治療方針に従い、第一クールとして、昭和五九年七月三一日から同年八月一〇日までの間に一〇回、合計二〇〇〇ラドの照射を行った。二〇〇〇ラドの照射を実施した後、同日にCT検査を行って腫瘍の状態を確認したところ、脳室の拡大はなく、腫瘍の大きさはほぼ不変であり、造影剤による強調を伴った陰影はそのままの状態で存在した。

その結果、神経膠腫であろうとの診断の下に、さらに総計六〇グレイまで限局した照射野のまま照射を継続することとし、中間の四〇グレイの段階で、再度CT検査を実施して治療効果の評価を行うこととした。

(4) 昭和五九年八月一三日から同月二四日までの間に一〇回、さらに二〇〇〇ラドの照射を行い、同日に再度のCT検査を実施して治療効果の評価を行った。

その結果、腫瘍はわずかに縮小したのみで放射線に対する感受性が鋭敏ではなかったことから、胚細胞腫はほぼ完全に否定され、比較的良性の神経膠腫若しくは松果体細胞腫のいずれかであろうと診断された。

さらに、同月二七日及び同月二八日の二回にわたって合計四〇〇ラドの照射を行い、全線量が四四〇〇ラドに達したところで、一時照射をやめてその後の経過を観察した。

(5) 昭和五九年一〇月五日にCT検査を実施して放射線治療結果の評価を行った。

この時のCT検査は、原告には軽度ではあるがヨード過敏性と思われる造影剤によるアレルギー反応があったので、造影剤を使用しない単純撮影で行った。そのため、従来のCT検査の結果との正確な比較は困難であったが、腫瘍の大きさは前回に比較して五ミリメートル程度縮小したのみで大差は認められなかった。また、神経学的所見については特段の異常は認められず、脳圧亢進の兆候もなかった。

右の結果を踏まえて、さらに昭和五九年一〇月八日から同月一三日にかけて五回、合計一一〇〇ラドの追加照射を行って放射線治療を終了した。

終了時点での総計線量は、五五〇〇ラドであった。

(6) 治療の予後については、昭和六〇年一月以降、ほぼ毎年一、二回程度の間隔でCT検査を実施して経過観察を行っており、平成三年四月からはCT検査に代えてMRI検査を実施して今日に至っている。

検査結果としては、平成三年四月二五日のMRI検査で腫瘍の大きさは直径一・二センチメートルであり、その後おおむね腫瘍の大きさに変化はなく、再発、播種の所見はみられていない。

したがって、放射線治療の効果は十分に満足すべきものであったと評価できる。

(三) 原告の松果体部腫瘍に対する治療の当否について

(1) 原告は、慶應病院における原告の松果体部腫瘍の治療について、腫瘍の摘出をすべきであって、放射線治療は放射線障害という副作用が予想されるのであるから副次的な治療として考えられるべきであると主張している。

しかし、松果体部腫瘍の治療の当否について論じるには、本件治療が実施された昭和五九年当時の一般的な医療水準のもとで、松果体部腫瘍の種類・性状に応じた適切な治療手段は何かということをまず考えるべきであり、原告の主張するように腫瘍の摘出が、常に、第一次的な選択肢になるというわけではないのである。

(2) 松果体部腫瘍は、脳の松果体部に形成される腫瘍で、松果体細胞腫、神経膠腫、胚細胞腫、髄膜腫、上衣腫に大別されている。松果体部は、脳の比較的深部にあり、腫瘍の摘出のために手術野を確保することが困難な部位であるため、松果体部腫瘍の摘出は頭蓋内手術としてはかなり難しい部類に属している。

松果体部腫瘍に対する治療方法は、手術による摘出を行なう方法と放射線治療による方法とに大別され、腫瘍の種類によっては化学療法が有効とされるものもある。手術による摘出を行なうか、放射線治療のみで対処するかの判断は、腫瘍の性質及び腫瘍の大きさを考慮して行なわれるのが一般である。

また、松果体部腫瘍の種類によって、摘出が比較的容易なものと困難なものに分かれる。松果体細胞腫、神経膠腫、胚細胞腫、上衣腫は、腫瘍が浸潤性に広がったり、また一部の腫瘍では手術で切除する際に播種したりする性質を有しているため、腫瘍部のみを完全に摘出することが困難であることから、放射線治療を選択するのが妥当とされている。

(3) 松果体部腫瘍が松果体細胞腫、神経膠腫、胚細胞腫、髄膜腫、上衣腫に大別されていることは右に述べたとおりであるが、原告の松果体部腫瘍は、事前のCT検査の所見により、髄膜腫、上衣腫であることは否定された。その段階で、神経膠腫、松果体細胞腫若しくは胚細胞腫が疑われた。そのうち、胚細胞腫の可能性については、男性患者に圧倒的に多いという統計的観点から否定的であったが、これだけでは確定診断ができないので、診断的治療として限局した照射野での二〇グレイの放射線照射を実施した。その結果、脳室の拡大はなく、腫瘍の大きさはほぼ不変であったことから、胚細胞腫はほぼ否定され、神経膠腫若しくは松果体細胞腫と診断された。

髄膜腫及び上衣腫が否定された段階で、以後の治療は放射線治療によることが決定されたが、放射線の照射方法を決定するために、さらに右に述べたような診断的治療を行なったのである。本件では、右に述べたとおり、神経膠腫若しくは松果体細胞腫と診断されたので、限局した照射野のまま以後の放射線治療を続行したのである。

(4) 原告の松果体部に見られた腫瘍が、神経膠腫若しくは松果体細胞腫であること、それが比較的小型であることを考慮して、放射線治療の適応と判断されており、敢えて危険を冒して摘出手術を実施する必要性のないものであった。なお付言すると、原告は造影剤に対するアレルギーの体質を有しているので、もし手術を実施した場合にはアナフィラキシー・ショックの危険がかなり高かったと考えられるので、手術を行なわなかったことは結果的に賢明な選択であったといえる。

以上のとおりであるから、原告の神経膠腫若しくは松果体細胞腫に対する治療について、放射線治療を第一選択肢としたことになんら問題はない。

(四) 原告は、腫瘍の摘出が行われなかったため、残存した腫瘍の圧迫に伴う頭痛に恒常的に苦しめられることとなり、また、放射線の障害として脳白質部の障害、すなわち白質脳症に苦しめられていると主張しているが、右主張が理由のないことは、後記7の(被告慶應の主張)(一)及び(二)に記載のとおりである。また、放射線治療の後遺症の発現は、本件の治療方針の選択が合理性を有する以上、法律上の責任を生じさせるようなものではない。

(五) 以上のとおりであるから、慶應病院の医師が原告に対して本件手術及び本件放射線治療を行ったことは、原告の松果体部腫瘍の治療として適切であったというべきであり、被告慶應につき原告の松果体部腫瘍を摘出する義務がありこれを怠った過失があるということはできない。

7  被告慶應に、現在原告に生じている症状に対し、適切な治療を行うべき義務があるにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点3(三))について

(原告の主張)

(一) 前記4(原告の主張)記載のとおり、原告については、松果体部腫瘍の摘出、再度のシャント術、脳壊死部分の摘出手術等について、あらゆる角度から検査のうえ検討し、<1>松果体部に残存する腫瘍に対する抜本的治療として何が必要かを早急に判定して、<2>必要があれば摘出手術をし、<3>シャント術を再度行う必要があるか否かを判定し、<4>現在四箇所に認められるという画像上の陰影部分について再発か壊死かを判定し、開頭のうえ、必要があれば、摘出することが急務である。

そして、慶應病院は、独立の診療機関として、原告を問診し、どのような症状があるかを把握し、その症状の原因を探るための検査を行って診察し、適切な治療をしなければならない義務がある。

しかるに、慶應病院は、昭和六〇年ころから現在まで、原告に対する問診を実施せず、原告のかかえている諸症状を適切に把握、説明せず、それに対する治療をしていない。慶應病院の医師は、原告からの症状の訴えがあっても、これを医師としてまともに聴こうとせず、症状に対する適切な検査、治療をしようとしていない。

右は、被告慶應の診療義務違反であり、かつ、不法行為を構成する過失というべきである。

(被告慶應の主張)

(一) 放射線治療後の処置について

慶應病院は、放射線治療を終了した後、東京拘置所の要請を受けて、昭和六〇年一月以降、定期的な画像診断と脳神経外科の医師による診察により、原告に対する経過観察を続けて今日に至っている。

画像診断はおおむね春秋二回、原告を慶應病院に来院させてこれを実施し、医師による診察はその検査結果を検討した後にやはり春秋二回、東京拘置所に担当医師が出張して実施している。

これまでの経過観察の結果を概括すると、松果体部腫瘍はその大きさに変化はなく、再発、播種の所見も得られていない。また、経過観察の全期間を通じて、シャント術の後は良好で、脳圧亢進の兆候は全くみられていない。

医師の診察に際しては、脳神経検査、腱反射、運動機能等の神経学的諸検査を必要に応じて実施している。これらの他覚的な所見を総合しても、現在まで、原告には神経学的に異常な所見は認められていない。

(二) 画像診断の所見について

(1) 昭和六〇年秋までのCT検査の結果では、特段の異常はなく、腫瘍の大きさにもさしたる変化は見られなかった。なお、これらのCT検査に際しては、造影剤を使用していないので(造影剤に対するアレルギー反応が認められたため)、腫瘍の大きさの精密な比較測定は困難であった。

(2) 昭和六一年三月五日に実施したCT検査においては、白質部に何等かの変化が生じたのではないかということを疑わせる所見が見られたが、医学的にはこの時点では判断がつかず、検査報告書にも「側脳室前角、三角部周辺の白質が低吸収性に見えますが、条件の差によるものか」という意見が記載されているにすぎない。

この所見は、その後のCT検査においては明瞭に指摘されず、撮影条件による陰影で実体のないものと考えられた。ちなみに、昭和六二年一一月一一日に実施したCT検査においてはこのような像は見られず、検査報告書にも特段の所見として記載されていない。

(3) その後、平成三年春から、検査方法をMRI検査に切り換えた。

MRI検査においては、平成三年四月の最初のMRI検査から平成六年一月七日に実施した最近の検査まで、腫瘍の大きさは一貫して大差がない。また、附近の脳の部位にも、転移、播種の所見はない。

平成三年四月二五日に実施された最初のMRI検査によれば、脳梁幹後部を含めて左右大脳半球白質に瀰漫性に広がる高信号領域が認められた。この点について、検査報告書では「脳梁幹後部を含めて左右大脳半球白質に瀰漫性に広がる高信号領域は、放射線治療による白質の変性と思われます」とされており、放射線治療の影響が疑われている。

ここで見られた高信号領域の所見は、その後のMRI検査においても同様に観察され、平成四年一〇月一五日実施のMRI検査に際しても見られているので、何らかの脳組織の変性を反映するものと考えられる。

但し、平成四年一〇月一五日実施のMRI検査の報告書、平成五年四月一五日実施のMRI検査の報告書、平成五年一〇月七日実施のMRI検査の報告書、平成六年一月七日実施のMRI検査の報告書等にもあるとおり、この高信号領域については、長期にわたり大きな変化がない状態が継続しており、その医学的な意味については、放射線治療の遅発性の効果(late effect)の可能性が言及されているのみである。

また、平成四年一〇月一五日実施のMRI検査においては、右の瀰漫性に広がる高信号領域のほかに、右視床部に小円形の高信号領域が、また、左視床部に線状の高信号領域がそれぞれ認められた。この点について、検査報告書では、右視床部に小円形の高信号領域が認められることが特に記されているが、それがどのような意味を持つものかは不明とされている。また、左視床部に見られた線状の高信号領域については、正常な陰影と評価されたために、報告書に特段の記載はなされなかった。

(4) 以上述べたところから明らかなように、原告のMRI検査の所見上見られる高信号領域は、脳の組織に何らかの変化が生じていることを推測させるものであるとしても、それは無症状とされる軽度の瀰漫性白質障害にとどまるものであり、医学的な対応を必要とする脳壊死ないしは白質脳症が存在すると断定できるものではない。したがって、このような後遺症が存在するとしても原告主張の症状との因果関係は考え難いものである。

ちなみに、画像診断所見がどのような意味を持つかは、神経学的な立場からの診察を継続して、脳の機能障害とみられる症状があるかどうかを観察して評価しなければならないのであるが、この点については、右に述べたとおり、長期の経過観察をとおして神経学的な異常所見はみられていない。その結果から判断しても、右画像診断所見からは、これ以上特段の治療、検査を行なう必要はないのである。

(三) 痙攣発作について

原告が痙攣発作を起こしているかどうかについては、慶應病院としては承知していない。本件放射線治療後に慶應病院の医師が行なっている診察に際して原告が痙攣発作を起こしたことはなく、東京拘置所からも痙攣発作を起こしたことについて意見を求められたこともない。

それはさておき、これまでの画像診断の結果並びに神経学的診察の結果を総合すると、本件の腫瘍並びにその放射線治療の影響を原因として原告主張のような痙攣発作を起こしているとは考え難い。

(四) 原告の松果体部腫瘍に対する治療の結果について

(1) 原告は、原告の松果体部腫瘍(神経膠腫若しくは松果体細胞腫)が消失せずに残存していることをもって治療が失敗したか、或いは未了であることを主張するようにみえる。また、原告は、松果体部腫瘍の残存による頭痛、吐き気、嘔吐、痙攣等の諸症状に悩まされているとも主張している。

脳腫瘍に対する放射線治療の結果の評価としては、腫瘍の縮退がある場合はもちろん、腫瘍の増大が止まれば治療は成功であるといわれている。したがって、放射線治療終了後約一〇年にわたって松果体部腫瘍の増大が見られない原告の場合は、治療は十分に成功したと評価されるのである。

また、原告は右に述べたとおり松果体部腫瘍の残存により頭痛等の諸症状に悩まされているとしているが、本件神経膠腫若しくは松果体細胞腫が存在する松果体部は、右のような神経症状が比較的出にくい部位であって、右腫瘍が現状のまま存在することで特段の神経症状が発現する可能性は極めて少ない。原告の主張する右症状は、その存在が極めて疑わしく、東京拘置所においても現認されていないのである。

本件神経膠腫若しくは松果体細胞腫の存在によって何らかの神経症状が発現する可能性としては、脳脊髄液の循環不全による脳圧亢進とそれによる症状が考えられるにすぎない。

現に原告は、当初、脳脊髄液の循環不全による脳圧亢進症状を訴えていたが、昭和五九年七月に慶應病院で実施されたシャント術によって脳脊髄液が適切に排出されるようになり、その予後は良好で、現在まで脳圧亢進は生じていない。

したがって、仮に、原告が主張するような何らかの症状が発現しているとしても、その原因は他に考えられるべきである。

(2) 以上の点から明らかなように、原告の神経膠腫若しくは松果体細胞腫の治療は、腫瘍の現状を維持してこれ以上腫瘍の発達がない状態で一応の完了というべきであり、以後は、定期的に経過観察を続けて腫瘍の状態を監視することで十分といえるのである。

なお、原告は、現状での診療義務違反として、戸谷医師が原告に対しその病状等について説明義務を尽くしていないなど種々の批判をしているが、大部分が、戸谷医師の証言の断片を取り上げて一方的な解釈に基づいて批判をしているものにすぎず、不当な批判である。

(五) 以上からすれば、被告慶應が、現在原告に生じている症状に対し、適切な治療を行うべき義務があるにもかかわらずこれを怠っているということはできない。

8  原告の被った損害額がいくらか(争点4)について

(原告の主張)

(一) 原告の苦しみ

原告は、昭和五八年五月より脳腫瘍特有の諸症状を訴え続けたにもかかわらず、被告所長は全く治療せず、一年二か月以上の長期にわたって放置し続けてきた。脳圧亢進時の頭痛はすさまじいものである。それは、すさまじい頭痛により睡眠がとれなかったり、手足の痙攣、耳鳴り、体の中を電気が走るかのようなしびれが生じたり、物が見えにくくなったりという症状を伴うが、原告は、かかる症状により、肉体的には極限状態ともいえる状況下で、一年以上も放置され苦しみ続けてきた。

しかし、原告の苦しみは、右のような肉体的苦痛にとどまらない。被告所長は、原告の訴えを全く真面目に受け取らなかったばかりか、原告の尋常でない苦痛に対して誤診をし続けてきた。すなわち、昭和五八年頃よりの原告の訴えをすべて精神的なものとか仮病と言い続けてきたのである。

このような被告所長の対応に、原告は、自分の精神が弱いのかと自分を責めたり、この激しい諸症状をまっとうに聞いてくれないという苦しみにさいなまれ続けてきた。そして、このまま失明するのではないか、聴力を失うのではないか、意識を失ってしまうのではないかと、原因も分からないだけに先行きも全くわからず、激しい恐怖を味わい続けてきた。しかも、仮病だと非難され、原告の精神的苦痛もまた、肉体的苦痛同様、極限に達した。

このような被告所長の対応は現在も続き、平成二年四月頃から、手術前同様の激しい頭痛、吐き気、目の痛み、平衡感覚の喪失等を訴え続けても、被告所長は何ら治療もしない。頭痛は偏頭痛であるとして、原告の抱えている脳腫瘍に対する何らの考慮も払っていない。

このように現在に至るまでにも、脳腫瘍を認める以前の被告所長の態度が同様に繰り返されることで原告は再度無視され放置されるという苦しみと恐怖にさらされている。

慶應病院の医師に対しても、原告は検査の度に自分の症状を訴え、その診断を聞こうとしているにもかかわらず、これに全く回答していない。医師として、患者に説明をすべき義務は、原告に関しては果たされていない。

(二) 被告国に係る損害賠償額

(1) 原告放置の違法行為に関する損害

原告は、昭和五八年五月二四日から激しい頭痛に苦しめられ、その症状を訴えたが、適切な治療を受けられず、慶應病院の医師が初めて原告を検査した日の前日である昭和五九年七月一五日まで、約三七か月間放置され、苦痛を受け続けてきた。

この間の原告の損害(慰謝料)は、次のとおり算定される。

四八万円(東京三弁護士会の交通事故における損害賠償算定基準の傷害慰謝料の入院一か月分)×一三か月=六二四万円

すなわち、原告は身柄拘束下で医療に関する選択の自由がないうえに、適切な治療を受けられなかったのであるから、右期間内において、その苦痛が、少なくとも時間の経過とともに緩和するということはなかった。したがって、当初一か月間に発生した精神的損害(傷害慰謝料)と同程度の損害が、右期間全体を通じて毎月継続的に発生したと考えられ、右のとおり算定されるべきである。

(2) 診療開始後の違法行為に関する損害

原告は、昭和五九年七月一六日以降、脳腫瘍に対する診療を受けることになったが、適切な治療を受けられないまま現在に至っており、この間(約一一一か月間)同様の苦痛を受け続けてきた。この間の原告の損害(慰謝料)は、次のとおり算出される。

四八万円(前記傷害慰謝料の入院一か月分)×一一一か月=五三二八万円

(三) 被告慶應に係る損害賠償額

原告は、被告慶応の債務不履行ないし不法行為により、昭和五九年七月一六日以降現在に至るまで(約一一一か月間)適切な治療を受けられず、苦痛を受け続けてきた。この間の原告の損害(慰謝料)額は、前記(二)(2)記載の金額と同様である。

(被告国及び被告慶應の主張)

原告の主張は争う。

第三当裁判所の判断

一  前記第二の一記載の事実に証拠(甲一ないし四、五の1ないし4、一二ないし一六、二一の1ないし15、二三ないし二五、三〇の1ないし4、三一、三四ないし三九、乙一ないし四、六ないし八、丙一、二、三の1ないし3、四ないし七の各1、2、八の1ないし6、九の1ないし7、証人橋本正夫、同戸谷重雄、同橋本省三、同斉藤イサヲ、原告本人)及び弁論の全趣旨を併せれば、以下の事実が認められる。

1  原告は昭和四七年九月三〇日以降、昭和四八年六月一四日から同月一六日まで前橋刑務所に、同年九月一七日から同月二〇日まで長野刑務所に、それぞれ移監された時期以外は東京拘置所に在監している。

2  本件手術前の原告の状況等

(一) 原告は、昭和四七年九月三〇日に東京拘置所に収監された当初から、頭痛や肩こり、腰痛、背部痛、霧視の症状を訴えていた。

これに対し、東京拘置所医務部においては、所属する医師が原告の右訴えに応対し、原告が女性であることから、主に女性の内科医である斉藤イサヲ医師(以下「斉藤医師」という。)が原告の診察に当たった。東京拘置所医務部は、原告について検査を行ったが、他覚的な所見がなかったことから、投薬により経過を観察することとした。そこで、原告に対しては、東京拘置所医務部において、セデス(鎮痛剤)、サリドン(鎮痛剤)、セルシン(精神安定剤)等の薬を投与していた。東京拘置所が原告に対して行った検査は、眼底検査、眼科診察、血液検査(末血、肝機能、甲状腺、赤沈に関するもの)、血圧測定、脈拍測定、尿検査、心電図検査、アレルギー検査であった。また、脳波検査、胸部及び頭部のレントゲン検査、意識状態、四肢の検査も行っていた。

原告の頭痛について、東京拘置所医務部では、一時的な機能性の頭痛(筋緊張性の頭痛)と診断していた。

また、原告からの霧視の訴えに対しては、外部の眼科医が原告を診察し、アレルギー性の結膜炎ないし虹彩炎であるとの診断をして、点眼薬を投与した。

(二)(1) 原告は、昭和五八年五月二四日、診察において、夜中と夜明けに頭痛があって、サリドンを飲んだがまだはっきりしないと訴えた。

東京拘置所医務部は、原告の右訴えに対し、同日及び同月二五日に尿検査、血液検査、血清検査、胸部レントゲン検査を行った。

また、原告は、同年六月一九日の診察においても、頭痛、吐き気を訴えた。

(2) 昭和五八年七月二一日の午前中には、原告は、頭痛を訴えて二〇分間仮横臥した。しかし、午後には頭痛は治ったとして入浴を希望し、入浴を許可され、入浴した。

原告は、同月二九日の診察の際にも頭痛を訴えた。

(3) 昭和五八年八月五日、東京拘置所内で、原告の頭部のX線撮影を試みたが、原告本人が動いたことから撮影は失敗した。

その後、原告は、同月六日、同月二六日、同年九月三〇日、同年一〇月一一日、昭和五九年二月一七日、同年四月一五日、同月二二日の各日における診察の際、頭痛を訴えた。

また、原告は、昭和五八年一一月一五日の診察の際には、尿が漏れる旨の訴えを、昭和五九年四月一七日の診察の際には、薬の副作用で足がよたっている旨の訴えをした。

なお、原告が、吐瀉物であると主張するものを東京拘置所医務部で検査したことがあったが、そこから消化液は検出されなかった。

(三) 原告の頭痛の訴えが顕著になったことから、東京拘置所医務部は昭和五九年四月二三日に原告について一般諸検査や甲状腺機能検査を実施し、同月二八日には慶應病院の眼科医師を招へいして眼底検査を行った。しかしながら、この眼底検査において従前の状態と比べて特に変化はみられず、医師による他覚的所見は認められなかった。

(四) 原告は、昭和五九年六月一一日、東京高等裁判所における公判中に失神し、椅子から倒れた。

そこで、東京拘置所医務部は、原告について、精密検査の必要性を感じ、同年七月四日にレントゲン検査、脳波検査などを行った。また、同月一四日には、再び慶應病院の眼科医師を招へいして眼底検査を行ったところ、眼底に鬱血乳頭の存在という異常が認められた。

(五) 右のとおり検査をする一方で、東京拘置所医務部は、原告に脳腫瘍がある可能性を疑い、原告に対し、CT検査を実施すべきであると判断した。ところが、当時東京拘置所にはCTスキャン装置が設置されていなかったため、原告についてCT検査を実施してくれる病院がないかどうか探した。しかし、原告が重大事件を起こしたとされる被告人であったことにより、警備の必要性、マスコミへの対策など困難な事情が生ずるおそれがあるとしてなかなかこれを引き受けてくれる病院が見つからなかった。

その当時、東京拘置所の医務部長であった大井清医師(以下「大井医務部長」という。)が、慶應義塾大学の出身であった関係で、大井医務部長は、慶應病院の橋本省三医師(以下「橋本医師」という。)に、原告についてCT検査を実施してほしい旨依頼した。その際、大井医務部長は、収監者には脳圧亢進の症状があって、脳腫瘍の疑いがある、CT検査を行うべく専門病院を当たってみたが、いろいろな都合で診察を引き受けてもらえないので何とかならないか、特にCT検査が決め手となると考えられるのでその検査を実施してほしいとの要請を行った。

大井医師から原告についての検査を依頼された慶應病院は、右依頼を受けることとした。

3  本件手術とその前後の状況等

(一) 右のとおり、慶應病院において、原告に対し、CT検査を実施することとなったが、前記2(五)記載のとおり、昭和五九年七月四日に原告に対して眼底検査を行ったところ、異常が認められたことから、東京拘置所医務部は、CT検査を早めてほしいと慶應病院へ依頼し、慶應病院は、これを受け入れて、同年七月一六日に検査をすることとし、同日、慶應病院において、原告に対し、造影剤を静脈注射しつつ、原告の頭部についてCT検査を実施した。

右の検査の結果、明らかに脳室の拡大が左右対称に生じていること、松果体の付近に直径二センチメートル程度の腫瘍らしい陰影があることが発見された。

(二) 橋本医師は、右のCT検査の結果についての診断を脳神経外科が専門の戸谷重雄医師(以下「戸谷医師」という。)に依頼した。

戸谷医師による右検査結果の所見は、脳室に脳脊髄液がたまっていてその部分が非常に拡大し、内脳水腫が生じているというものであった。すなわち、脳室に何らかの形で脳脊髄液がたまってしまって、脊髄の方に流れていかない、あるいは脳の表面に流れていかないという症状が生じ、そのため脳圧が亢進し、そのまま放っておくと、脳幹部の障害が起き、呼吸、循環停止、意識障害を起こすおそれがあるとのことであった。

そして、右の症状に対する治療としては、いわゆるシャント術を行う必要があると判断された。シャント術は、脳室に一方方向だけに流れる細い管を入れて、脳の頭蓋骨の外に一部管を出してきて、その管を通して体のいろいろな場所に脳脊髄液を導くというもので、一般的に行われているのは腹腔、すなわち腹膜腔の中で腸の外の部分に脳脊髄液を流すものである。この時点においては、原告の腫瘍が良性であるか悪性であるかは判明していなかったが、これを調べるためには、脳血管撮影をする必要があるところ、原告にはヨード製の造影剤に対する副作用があり、脳血管撮影をすることは不可能と判断され、そのため右の判定をすることはできなかった。

東京拘置所医務部は、シャント術が必要であるという所見が出たことから、原告に対してシャント術を実施してくれる専門病院を探したが、前述のような原告の地位の特殊性から、原告に対するシャント術を引き受けてくれる専門病院は見つからなかった。そこで、戸谷医師は、はじめは原告に対してシャント術を施すことを断っていたものの、最終的には、これを了承した。

なお、昭和五九年七月一九日に、原告は、東京拘置所において、胸部及び腹部のレントゲン撮影並びに採血検査を受けるとともに、三回にわたって副腎皮質ホルモンの注射を受けた。

(三) 被告所長は、昭和五九年七月二〇日、原告に対して本件手術(シャント術)を実施すべく、原告を慶應病院へ緊急入院させた。

慶應病院は、同日、原告及び原告の父親から、本件手術に対する同意書をとった。

慶應病院の医師は、同日夕刻、原告に対し、脳圧が亢進しているのでその減圧のために脳脊髄液を腹腔内に誘導するシャント術と呼ばれる手術を行う必要があること、当該手術は早い方がよいのでこれから直ちに行うこと、手術のためには頭髪を坊主にすることが必要であることを説明したところ、原告が右説明を了承して手術を受けることを承諾した。

(四) 戸谷医師は、昭和五九年七月二〇日午後七時五五分ころから午後八時五五分ころまで、原告に対して、本件手術を実施した。本件手術自体の実施時間は五五分程度であった。

本件手術は、以下の経過で行われた。

まず、原告が右利きであることから、有為な左脳を大切にするために、右の前頭部に数センチメートルの皮膚切開を加えて頭蓋骨に小さな穴を一つ開けて、そこから脳室内に管を入れて、脳脊髄液の流出圧の高いことを確認して、管の一端を脳室に入れる。次に、頸部及び前胸部に皮膚切開を一センチメートルないし二センチメートル加えて、管の先端を引っ張ることにより、管を皮下に通す。その管を腹腔部まで引っ張ってきて、肝臓の上、横隔膜の下に管の先端を入れて、最後に、切開を加えた部分を縫合して終了となる。

(五) 本件手術の結果、原告の頭痛は治まり、本件手術の翌朝である昭和五九年七月二一日には既に意識がはっきりしており、傷の感染もなく、新しい神経症状の発現もなく、本件手術後の経過は非常に順調であった。

そこで、同月二三日には、原告は慶應病院を退院し、東京拘置所の医療施設へと搬送された。退院時の原告は、頭痛も軽快し、意識も清明であり、麻痺もなく、経過は順調であった。慶應病院においてシャント術を行った場合に、原告のように三、四日程度で退院するということは格別めずらしいことではなく、一般的に行われていることである。

東京拘置所医務部は、退院後の原告を集中治療室に入れて全身管理を施した。なお、本件手術において縫合した際に使用した糸の抜糸は、東京拘置所医務部において行った。

4  原告の松果体部腫瘍に対する治療について

(一) 前記3(二)記載のとおり、原告に対して、脳血管撮影をすることができず、原告の腫瘍が良性であるか悪性であるかを判定することが不可能であったため、戸谷医師は、本件手術を行うとともに、右の判定のために、脳脊髄液を採取し、これを検査した。しかし、かかる検査では原告の腫瘍が良性であるか悪性であるかを判断することはできなかった。

原告の場合、事前のCT検査により、神経膠腫、松果体細胞腫又は胚細胞腫が疑われ、そのうち胚細胞腫の可能性については統計的に男性患者に圧倒的に多いものであることから否定的であったが、確定はできていなかった。右のようなCT検査の結果を踏まえ、橋本医師は、原告の松果体部腫瘍に対する治療方針として、戸谷医師とも相談のうえ、以下のとおり決定した。すなわち、松果体は、脳の正中からわずかに後ろに位置し、松果体にメスを入れると脳実質を相当損傷するおそれがあること、松果体付近は、脳脊髄液を作る脈絡膜など重要なものが入り組んでいるところで、そこにメスを入れると後遺症が残る心配があることから、直接腫瘍を摘出することを避け、放射線治療を行う。放射線治療による場合には、まず開頭して小さい標本をとり、病理組織を診断する必要があるが、右のとおり、脳の組織を損傷するおそれがあることからこれを行わず、放射線を腫瘍に照射してその腫瘍の変化をみるという診断的治療を行う。右の診断的治療において、腫瘍がどんどん大きくなるようならば、放射線の照射をやめて薬による治療を行うか、脳を損傷する危険を侵しても腫瘍の摘出手術を行うかを検討し、腫瘍の大きさが変わらないのであれば、長期間経過してから全体的に小さくなることもあるので、規定量だけ照射したうえで、腫瘍細胞の萎縮その他があるかどうかといった内部の変化を観察し、腫瘍が小さくなるのであれば、放射線に対する感受性が比較的高いということになるので、放射線を照射する治療を続行し、腫瘍が消失するまで照射を続ける。

なお、右の放射線治療の前提として、原告に発現している脳圧亢進に対処するために、本件手術を行う必要があるとして、前記3記載のとおり、本件手術を行った。

(二) 橋本医師は、原告に対し、以下のとおり放射線治療(本件放射線治療)を行った。

まず、昭和五九年七月三一日から同年八月一〇日までの間、同月六日を除く毎日、それぞれ二グレイずつ放射線を照射し、合計一〇回、二〇グレイを照射した。その段階でCT検査をしたところ、原告の腫瘍はそれほど小さくなっていないが、大きくなってもいないことから、神経膠腫であり、その悪性度は四段階にして二か三の間であろうと考えられ、このまま放射線照射による治療を続けることとした。そこで、同月一三日から同月二四日までの間、同月一八日及び同月一九日を除く毎日、それぞれ二グレイずつ放射線を照射し、本件放射線治療を始めてから合計二〇回、四〇グレイを照射した。この間、順調に経過して、原告には頭痛、吐き気、歩行困難等の随伴症状はなかった。さらに、同月二四日から同月二七日までの三日間でCT検査を実施し、同月二七日及び同月二八日にそれぞれ二グレイずつ放射線を照射し、合計四四グレイを照射したところでいったん放射線照射を終了した。これは、原告が発熱し、また発疹症状がみられ、白血球が増えたとの連絡を東京拘置所から受けたことから次の照射まで一か月程度様子を見たものであるが、放射線照射による影響を観察するという考えもあった。

その後、同年一〇月八日から同月一三日までの間、同月一〇日を除く毎日、それぞれ二・五グレイ(同月八日及び同月一三日)ないし二グレイ(同月九日、同月一一日及び同月一二日)放射線を照射し、本件放射線治療を始めてから合計二七回、五五グレイを照射した。

(三) 本件放射線治療後、原告は比較的元気で、照射部位に一致した四角い脱毛区域ができた他は頭痛、吐き気、その他の訴えはなかった。橋本医師は、本件放射線治療によって、松果体部腫瘍の進行がくい止められたと判断して、以後は、当初は三月に一度くらい、その後三年くらいまでの間は半年に一度程度の頻度で経過を観察することとした。

具体的には、慶應病院においてCT検査ないしMRI検査を行い、また、戸谷医師が定期的に原告を診察して経過を観察することとした。

5  その後の状況及び現在の状況

(一) 戸谷医師は、本件放射線治療後、半年に一回程度の割合で定期的に往診し、原告について、神経学的な診察を行っている。診察の具体的な内容は、意識の状態、入ってくるときの麻痺の有無、よろけるかよろけないかといった歩行の状態、眼底、脳神経、腱反射、小脳症状を含めた失調症の診察、シャント術のチューブの具合、傷口の具合を診察する。一回の往診の時間は、神経学的な診療に一五分程度かかり、それから近くのベッドで傷口をみて、寝た状態で下肢の反射をみるのに五分程度かかり、所見を書くのに五分程度かかることから、合計で二五分から三〇分程度となる。

往診は、戸谷医師が東京拘置所内の医療施設に待機し、そこへ原告が診察を受けにくるという形で行われているが、その際、原告は、階段を自分で普通に上り、部屋の中も普通に歩いて戸谷医師の前に来て、戸谷医師が椅子に座って下さいというと椅子に座り、その後戸谷医師による診察を受けているものであり、その理解能力も全く普通であった。戸谷医師が診察する範囲では、自覚的な訴え以外には特筆すべき神経症状は見られなかった。戸谷医師が原告について、小脳症状などを見ようと思って診察したときに、原告が、よろよろしますと言ってよろよろしたことはあるが、戸谷医師の診察の前後にはそういう症状はなかった。

問診をすると、原告は、そのうちの半分は無言でおり、残りの半分は、頭が痛い、めまいがする、よろける、痙攣を起こすという症状を訴えている。

(二) 本件手術の後、定期的にCT検査ないしMRI検査を行っているが、いずれの検査でも脳室拡大は認められず、他覚的にも脳圧亢進症状は認められなかった。

戸谷医師は、定期的な往診の際にCT検査、MRI検査による画像を見ていたが、それらから判断して、本件放射線治療の効果があったものと判断した。すなわち、臨床症状が進まないこと、放射線で腫瘍と思われる陰影、異常所見の異常陰影が増大しておらずむしろ一時縮小していることから本件放射線治療の効果があったものと判断した。

また、戸谷医師がレントゲン、神経放射線の所見を見て、原告を診察した限りでは、原告について脳圧が亢進しているという他覚的所見は認められなかった。

右を総合して、戸谷医師は、原告の松果体部腫瘍について、腫瘍の増大はなく、内脳水腫の再現、再出現と亢進、増加といった臨床症状の悪化はないものと診断した。

(三) 松果体部腫瘍は、平成三年四月二五日に行ったMRI検査の画像で直径が治療前の二〇ミリメートルから一二ミリメートルに縮小していることが確認され、その後安定している状況にあることから現状で固定しているものと診断された。

また、平成四年一〇月一五日に行ったMRI検査の画像において左視床に一ミリメートル×一〇ミリメートルの線状の陰影、右視床に直径三ミリメートルの米粒大の陰影、左右大脳半球白質に一〇ミリメートル×二〇ミリメートルの小指頭大の陰影がそれぞれ認められたが、その後、右の各陰影には拡大はみられなかった。

(四) 東京拘置所医務部の橋本医務部長は、右(三)の診断を踏まえて、平成五年一二月二一日に、松果体部腫瘍は現状で固定しているものと考えられ、今後もMRI検査による診断が有効であること、頭痛、吐き気等の自覚症状は、他に要因があると考えられ、対症療法による経過観察が相当であること、仮にMRI検査において異常を認める所見がある場合には、適宜最善と思われる加療を行う所存であること、したがって、あえて危険を伴う開頭手術を行う必要はないと考えること、平成四年一〇月一五日のMRI検査によって発見された陰影は、安定した状態にあり、現時点での加療の必要はないと考えることを内容とする所見を出した。

(五) 平成八年二月二六日、CT検査を実施したところ、松果体部に約二・五センチメートルの径の高吸収領域がみられ、腫瘍内出血と診断された。

同年四月一九日、慶應病院において、頭部MRI検査を実施したところ、約二・五センチメートルの径の松果体部腫瘍があり、その内部に出血瘢痕が認められた。

同年九月六日、慶應病院において、頭部MRI検査を実施したところ、画像上松果体部腫瘍は前回と比較して縮小傾向にあった。

平成九年四月一八日、慶應病院において、頭部MRI検査を実施したところ、画像上松果体部腫瘍の出血痕はほぼ消退し、同腫瘍の縮小傾向も認められた。

同年一〇月二四日、慶應病院において、頭部MRI検査を実施したところ、画像上松果体部腫瘍の出血痕は、ますます消退し、松果体部に約一・〇センチメートルの径の陳旧性出血を示す赤色素沈着が認められ、その部位の前後に長さ約一・三センチメートルの径の腫瘍と思われる部位があった。

平成一〇年五月一五日及び同年一〇月三〇日に、慶應病院において、頭部MRI検査を実施したところ、それぞれ、前回に比べて変化がなく、診察所見には新たに増悪した神経症状は認められなかった。

(六) 平成一一年四月一六日、慶應病院において、頭部MRI検査を実施したところ、前回に比べて変化がなく、慶應病院放射線診断科医師の所見においては、松果体部に長径約一・四センチメートル程度のGd(ガドリニウム、造影剤の一種)によるCE(contrast enhancement:対比増強)の部分が認められたが、大きさ、CEの程度ともに平成一〇年一〇月三〇日に実施したMRI検査の所見と大差が認められなかった。また、赤色素沈着についても変化は認められなかった。

平成一一年七月現在の原告の血圧は、収縮期血圧が一一〇mmHg程度、拡張期血圧が七〇mmHgであった。同年四月一三日の血液検査の結果は、総コレステロールが二七二mg/デシリットルであり、アミラーゼが一五二IU/Lであり、食後の血糖値は二三八mg/デシリットルとやや高めであったが、その他の末梢血、肝機能、腎機能等に異常は認められなかった。また、同月二〇日、血糖値の再検査を実施したところ、空腹時において一〇一mg/デシリットルであり、HbAlcが四・七パーセントと正常範囲内であった。

平成一一年四月一六日から同年六月二二日までの間、原告に対し医師による診察を一九回実施したが、原告は、一九回のうち一〇回は頭痛の訴えをしたが、頭痛についてはセデスを内服することによって抑制され、現在は睡眠もとれており、食事も問題なく摂取している。

その他、同年四月三〇日に、戸谷医師による診察を実施したところ、神経学的所見は変わりがなかった。また、同年五月一七日、原告が目の奥の痛みを訴えたため、眼科専門医の診察を行ったところ、眼瞼部痙攣が認められたが、眼圧は正常であり、従前の診察と変化がなかった。

6  東京拘置所の医療体制について

東京拘置所の医療部門(医務部及び病舎)は、医療法及び医療法施行令の関係規程に基づいて設置されたいわゆる総合病院であり、現在は、医師一一名(その内訳は、外科医四名、内科医二名、精神科医二名、脳外科医二名及び歯科医一名)、薬剤師二名、X線技師二名、検査技師一名、看護婦・準看護士一六名及び事務係数名を配置し、必要に応じて入院加療、薬物療法等の医療措置を行うことが可能な医療体制を整えている。なお、東京拘置所医務部には専門の眼科医は配置されていないが、月に一回から二回程度外部の眼科専門医を招へいして眼科医療に対応している。また、東京拘置所医務部に脳外科医が配置されたのは昭和六一年五月からである。

その具体的な医療対応としては、被収容者から体調が不良である旨の訴えがあった場合に、当該被収容者から診察の出願をさせ、この出願を受けて、あらかじめ舎房単位で指定する一週間に二日の診察日に、東京拘置所の専門医又は必要に応じて招へいした外部の専門医が診療室において診療を実施する「外来診療」と呼ばれる診療を実施している。そのほか、夜間や日曜日等の休日において緊急な診療が必要な場合には、原則として、当直の医師が対応し、診療を実施しているが、当直医が対応することが相当でない場合には、しかるべき別の専門医を呼び出して当該診療に当たらせる体制をとっている。また、病状によって必要があれば、所内の病棟に完備している集中治療室に収容して診療を行っている。

なお、東京拘置所に専門医を配置していない診療科目や東京拘置所に設置していない特殊な医療器械等による診療が必要な場合は、被収容者を外部の病院に移送して診療を行うことがある。原告に対する本件手術やMRI検査等はかかる取扱いの一環として行われたものである。

東京拘置所には、平成六年二月にCTスキャン装置が設置された。

二  被告所長に対して、原告を適切な病院へ移送することを求める本件訴えが適法であるかどうか、適法であるとした場合の請求の当否(争点1)について

本件訴えのうち、被告所長に対し、原告を適切な病院に移送することを求める部分はいわゆる無名抗告訴訟である義務付け訴訟として提起されたものであると解される。

ところで、行政事件訴訟法が抗告訴訟として取消訴訟、無効等確認訴訟及び不作為の違法確認訴訟を法定したうえ、公権力の行使に関する救済方法としては取消訴訟を中心としている趣旨に照らせば、行政庁の第一次的判断を待つことなくその公権力の行使を求める義務付け訴訟が例外的に許されるのは、<1>行政庁が特定の処分を行うべきことが一義的に明白であり、<2>事前の救済がされなければ、当該個人が回復困難な損害を被るおそれがあり、<3>他に適切な救済手段がないという各要件をみたす場合に限られるものと解すべきである。

しかるに、原告については、後記五記載のとおり、東京拘置所医務部において相当な治療が施されているものと認められ、さらに他の適切な病院に移送して治療を施す必要があるどうかについては、今後の経過観察を基にした専門的医師の判断を考慮して被告所長が最終的に判断すべきものと考えられ、現時点において原告を他の病院に移送して治療を受けさせる緊急の必要があるとは認められないのであって、右の訴えは、義務付け訴訟として備えるべき右の<1>及び<2>の要件を欠くものというべきである。

そうすると、被告所長に対し、原告を適切な病院に移送することを求める本件訴えは不適法なものといわざるを得ない。

三  被告所長に、昭和五八年五月二四日以降、原告からの頭痛の訴えについて、脳腫瘍による脳圧亢進症状を疑い、速やかに諸検査を実施し、腫瘍に対する適切な治療を行うべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があるかどうか(争点2(一))について

1  在監者に対する医療については、拘禁の性質上、在監者が疾病にかかった場合にも、自ら外部の医師を選びその診療を受けることを制限することが許される(監獄法四二条)ことの反面として、拘禁を行う国及び当該拘禁機関の職員においてその診療に相当の注意を払い、適切な医療行為を行うべきである(同法四〇条)。もっとも、当該拘禁機関の行う診療行為が適切な医療行為であるかを判断する際には、在監者の拘禁が、その目的を達成するために必要な拘禁であることを前提として判断すべきである。

なお、このことは、死刑の言渡しを受けた者についても同様であるというべきであり、平成五年三月一〇日に、原告について、死刑が確定した後も、右の理は当てはまるというべきである。すなわち、死刑の言渡しを受けた者は、その執行に至るまで監獄に拘置される(刑法一一条二項)が、監獄法はその処遇を刑事被告人に準ずるものとしている(監獄法一条一項四号、九条)ところ、法は、死刑の言渡しを受けた者の医療についても、その拘禁が死刑執行を待つためのものであるからといって医学の水準を下回るような処遇を許容しているとは考えられないから、当該拘禁機関の行う診療行為が医学の水準に照らして不当又は不合理なものである場合には、当該診療行為には過誤が存在し、その処遇は違法というべきである。

2  前記一記載のとおり、原告は、昭和四七年九月三〇日に東京拘置所に収監された当初から、頭痛などの症状を訴えていたこと、右訴えに対し、東京拘置所医務部の医師が原告の診察に当たり、検査を行うなどしたが、他覚的な所見が認められなかったことから、一時的な機能性の頭痛(筋緊張性の頭痛)であると診断し、投薬により経過を観察することとして、セデス、サリドン、セルシン等の薬を投与したこと、東京拘置所医務部は、原告の頭痛の訴えが顕著になったことから、昭和五九年四月二三日に一般諸検査や甲状腺機能検査を実施し、同月二八日には眼底検査を行ったが、眼底検査において従前の状態と比較して特に変化はみられなかったこと、右の眼底検査の以前にも眼底検査を行っていたが、いずれも異常は見当たらなかったことが認められる。このように、原告は、昭和四七年九月三〇日に東京拘置所に収監されて以来頭痛を訴え続けてきており、また、眼底検査の結果、特に異常は見当たらなかったことからすれば、東京拘置所医務部が、原告に対して、昭和五九年五月ころまでに脳に腫瘍があるとの疑いを抱かなかったとしてもやむを得ないものといわざるを得ない。

そして、前記一記載のとおり、原告が昭和五九年六月一一日に東京高等裁判所における公判中に失神し、椅子から倒れたことから、同年七月四日にレントゲン検査、脳波検査などを行い、さらに同月一四日に眼底検査を行ったところ、眼底の鬱血乳頭の存在という異常が認められたこと、右の検査と並行して、東京拘置所医務部は、原告の脳に腫瘍があることを疑い、CT検査を実施するための病院を探したこと、眼底検査の結果、異常が認められたことから、CT検査の実施を早めて同月一六日に実施することとしたこと、同日のCT検査によって、原告の脳の松果体部付近に腫瘍らしい陰影が認められたこと、同月二〇日には、原告を慶應病院に緊急入院させ、松果体部腫瘍によって生じている脳圧亢進を除去するため、本件手術を行ったこと、その後、原告に対し、本件放射線治療を行ったことが認められる。そうすると、東京拘置所医務部は、原告が失神したことを契機に速やかに精密検査を実施しており、また、眼底検査の結果鬱血乳頭の存在という異常が認められると、予定していたCT検査を繰上げて実施し、さらに、原告の脳の松果体部付近に腫瘍らしい陰影が見つかるとすぐに、原告を緊急入院させ、脳圧亢進を除去する本件手術を行い、腫瘍に対しては、本件放射線治療を行ったというのであるから、東京拘置所医務部の対応は相当なものであったというべきであり、被告所長が原告に対して、速やかに右腫瘍に対する適切な治療を行うべき義務を懈怠したということはできない。

したがって、被告所長に、原告からの頭痛の訴えについて、脳腫瘍による脳圧亢進症状を疑い、速やかに諸検査を実施し、腫瘍に対する適切な治療を行うべき義務を怠った過失があるということはできない。

3  この点、相井平八郎医師による鑑定書(甲三三の1、以下「相井鑑定書」という。)は、昭和五八年五月の時点で、原告の松果体部腫瘍は発現していたと認められるとし、東京拘置所医務部は、松果体部腫瘍を疑ってCT検査を実施すべきであったとしている。

しかしながら、そもそも、腫瘍の種類によって増大の速度は様々であり、同じ種類であっても個々人で増大の速度は異なるものであるから、昭和五九年七月当時存在しだ腫瘍の大きさから昭和五八年五月の時点で腫瘍が発現していたと断定することはできないものである(乙四。なお、相井鑑定書参照)。また、前述のとおり、原告は、昭和四七年に東京拘置所に収監されて以来、継続的に頭痛を訴えていたものの、原告には頭痛等の愁訴以外に他覚的な症状はなく、昭和五九年四月二三日に実施された脳波検査を含む一般諸検査、甲状腺機能検査等、同月二八日に実施された眼底検査でも異常は認められず、同年七月一四日に実施した眼底検査において初めて眼底に鬱血乳頭の異常な症状が発見されたものであり、このような経過からすれば、昭和五八年当時に東京拘置所医務部の担当医師が原告の脳に腫瘍があるのではないかとの疑いを持たなかったとしても不自然とはいえない。そして、現時点の医療水準からすれば、頭痛の訴えが頻繁であれば、一応脳のCT検査を実施してみることも選択肢としてあり得たかもしれないが、前記一記載の事実に証人戸谷重雄の証言を併せれば、昭和五八年ないし昭和五九年当時は、CTスキャン装置は、大学病院、国立、市立病院程度にしか導入されていない特殊な装置であり、当時、東京拘置所内にはCTスキャン装置が設置されていなかったことが認められ、このような状況の下で、東京拘置所医務部が重大事件の刑事被告人である原告に対し東京拘置所外の病院でCT検査を実施することを考慮しなかったとしてもやむを得ないことといわなければならない。

なお、相井鑑定書は、原告の頭痛について脳腫瘍の可能性を疑うべき事情として、鎮痛剤の服用量、服用回数が前年の二倍から三倍に増加していること、嘔吐・嘔気が繰り返し出現すること、朝に頭痛があること、しばしば体調が悪く横臥することもあったことを挙げている。しかしながら、前記一に認定したとおり、診察や検査において、原告に他覚的症状はなく、また、原告の提出した吐瀉物からは消化液は検出されなかったのであるから、鎮痛剤の服用量、服用回数が増加したり、朝の頭痛、嘔吐・嘔気が出現したと原告が訴えたなどの事実をもって、東京拘置所医務部の担当医師が直ちに原告の脳に腫瘍があるのではないかとの疑いを持ちその検査をすべきであったと断ずることはできない。また、証拠(甲三〇の1、2)によれば、確かに、昭和五八年に入ってから、三月二一日、五月三日、七月二一日に、原告が横臥していることが認められる(なお、五月一五日にも横臥しているが、これは、薬を服用後眠くなったというにすぎない。)が、一方、それ以前の昭和五六年四月一九日、昭和五七年六月二〇日にも横臥していることが認められ、昭和五八年に入ってから、特に体調が悪くて横臥することが顕著になったとはいえないのであるから、原告がしばしば体調が悪く横臥していたからといって、直ちに、原告について脳の腫瘍の可能性を疑うべきであったということもできない。この点に関する相井鑑定書の意見は採用することができない。

4  以上のとおり、被告所長には、昭和五八年五月二四日以降、原告からの頭痛の訴えについて、脳腫瘍による脳圧亢進症状を疑い、速やかに諸検査を実施し、脳腫瘍に対する適切な治療を行うべき義務があったということはできない。そして、原告に、脳腫瘍を疑わせるべき症状が発生した昭和五九年六月一一日以降において、被告所長は、速やかに原告に対し諸検査を実施し、脳腫瘍が発見されるとそれに対する治療を実施したのであるから、被告所長に右のような義務の違反があったということはできない。

四  被告所長に、原告の脳腫瘍の存在が確認された後、根治するために摘出手術を行うべき義務があったにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点2(二))について

1  前記一記載のとおり、被告所長は、昭和五九年七月二〇日に、原告を慶應病院に緊急入院させたこと、同日、戸谷医師が原告に対して本件手術を行ったこと、橋本医師は、戸谷医師と相談のうえ、原告の松果体部腫瘍の治療方針としては、松果体にメスを入れると脳実質を相当損傷するおそれがあり、後遺症が生ずるおそれがあることから直接腫瘍を摘出することを避け、放射線治療を行うとの治療方針を立てたこと、右の放射線治療は、当初、原告の腫瘍が悪性であるか良性であるかが不明なので、放射線を腫瘍に照射してその変化をみるという診断的治療として行われたことが認められる。このように、橋本医師は、原告の松果体部腫瘍を摘出するという選択肢も視野に入れたうえで、摘出手術に伴う原告への生命の危険等を考慮して、まずは診断的治療として、放射線照射による治療を選択したものであって、患者の救命を考えるべき医師としては、右のような橋本医師の選択は適切であったというべきである。

また、前記一記載のとおり、橋本医師は、昭和五九年七月三一日から同年八月一〇日までの間、合計二〇グレイの放射線を照射したところ、原告の腫瘍はそれほど小さくなっていないが大きくはなっていないことから、そのまま放射線治療による治療を続けることにしたこと、その後、同年一〇月一三日までの間に、本件放射線治療を始めてから合計五五グレイの放射線を照射して本件放射線治療を終えたこと、本件放射線治療後、原告は比較的元気で、照射部位に一致した四角い脱毛区域ができたほかは、頭痛、吐き気、その他の訴えはなかったこと、橋本医師は、本件放射線治療によって、松果体部腫瘍の進行がくい止められたと判断したことが認められる。右のとおり、診断的治療によって腫瘍が大きくなっていないことからすれば、本件放射線治療は一定の効果を上げていたと考えるべきであり、前述のような摘出手術に伴うリスクを考えれば、そのまま放射線治療を続けると判断した橋本医師の判断は合理的なものであるというべきである。また、本件放射線治療によって、松果体部腫瘍の進行がくい止められたことから、前述のようなリスクを伴う摘出手術をする必要性はないと判断したものであり、この点の判断も首肯できるところである。

したがって、被告所長に、原告の脳腫瘍の存在が確認された後、根治するために摘出手術を行うべき義務があったということはできず、したがって、この点について過失があるということもできない。

2  原告は、松果体部腫瘍に対する治療は、可能な限り腫瘍を摘出して、補助療法として放射線療法、化学療法、免疫療法を加えることが原則となっているとして、原告についても、腫瘍を摘出すべき義務があったと主張するが、前述のとおり、橋本医師及び戸谷医師は、原告の松果体部腫瘍の種類等を考慮のうえ摘出手術に伴うリスクを回避するために放射線治療という方法を選択したものであり、本件において放射線治療を選択したことは適切というべきである。

この点について、原告は、新潟大学の手術例では三一例中死亡例はないという実績が報告されていることをもって、摘出手術には危険性がないのであるから摘出手術を選択すべきであった旨主張する。

しかし、甲三三の2によれば、外国の報告では、手術死亡率は〇パーセントから一五パーセントとされていること、新潟大学の手術例においては、三一例中二例について同名半盲の合併症が、他の二例について軽い眼球運動障害が生じていること、外国の報告においても、六例中二例、一一例中一例に同名半盲の合併症が生じていると報告されていること、新潟大学の手術例についての報告は平成二年にされたものであることが認められる。右のような死亡率や合併症、後遺障害が生じていることからすれば、摘出手術が安全なものであるということはできないし、また、原告の引用する新潟大学の手術例は、平成二年に発表されたものであり、発表時までには昭和五九年当時に比べて医療水準が高度化しているものと考えられるので、右の手術例をそのまま本件にあてはめることは困難であるといわざるを得ない。したがって、原告の右主張はたやすく採用できない。

3  また、相井鑑定書は、原告の松果体部腫瘍が良性のものであることを前提として、腫瘍を摘出する手術をすべきであったとしている。

しかし、相井鑑定書自体、昭和五九年当時、松果体部腫瘍の摘出術は技術的に摘出困難な部位にあるため、手術による後遺症が大きく一般的でないとされていたことを認めており、放射線治療の選択を誤りとまで決めつけているわけではないと考えられるし、また、前記一の4(二)に認定したとおり、原告の腫瘍の悪性度は四段階にして二か三の間くらいだったのであるから、良性であるということはできず、相井鑑定書の右見解は採用することができない。

そして、右と関連して、相井鑑定書は、本件手術と並行して、原告の腫瘍が良性であるか悪性であるかを検査する必要があったとするが、前記一の3(二)及び4(一)に認定したとおり、原告には、ヨード製の造影剤に対する副作用があったことから脳血管撮影によって右の検査をすることができず、また、本件手術の際に脳脊髄液を採取して検査するも、良性であるか悪性であるか判定できなかったというのであるから、原告の腫瘍が良性であるか悪性であるかを判定する前に本件手術及び本件放射線治療を行ったことに問題があるとはいえない。

4  以上のとおり、原告に対して本件放射線治療を実施したことは適切な治療であったと評価すべきであって、被告所長に、原告の脳腫瘍を摘出する義務があったということはできない。

五  被告所長に、現在原告に生じている症状に対し、適切な治療等を行うべき義務があるにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点2の(三))について

1  前記一記載のとおり、本件放射線治療後の戸谷医師による定期的な診療において、原告は頭痛やめまい、よろけ、痙攣があるという症状を訴えるものの、他覚的な神経症状はみられず、診察の結果にも特段異常は見られないこと、定期的にCT検査ないしMRI検査を行っているが、いずれの検査においても脳室の拡大は認められず、他覚的にも脳圧亢進症状は認められなかったこと、原告の松果体部腫瘍は、縮小ないし現状で安定していることが認められ、右の事実を総合すると、腫瘍細胞のほとんどは壊死しているものと考えられ、原告が訴えている症状は、松果体部腫瘍によって生じているものとは認められない。そして、東京拘置所医務部は、原告の愁訴に対し、投薬による治療を継続しているのであるから、被告所長は、現在原告に生じている症状に対し、相当な治療を行っているものと評価すべきである。

また、原告の現在の状況は前記一の5(六)に認定したとおりであり、東京拘置所の医療体制は前記一の6に認定したとおりであるが、このような原告の現在の状況、東京拘置所の医療体制に照らしてみると、現在、原告を東京拘置所外の病院へ移送して何らかの治療を行うべき必要は認められないというべきである。

したがって、被告所長に、現在原告に生じている症状に対し、適切な治療を行うべき義務があるのに、これを怠った過失があるということはできない。

2  この点、原告は、現在において、松果体部腫瘍の残存により、頭痛、目の痛み、痙攣、吐き気、嘔吐、めまい、難聴、記憶喪失などに悩まされているなどとして、松果体部腫瘍を摘出する手術を行うべきである旨主張する。

しかし、前記一の5に認定したとおり、戸谷医師の定期的な診察において、原告は、頭痛、めまい、よろける、痙攣を起こすといった症状を訴えているが、原告の自覚的な訴え以外には特筆すべき神経症状はみられなかったこと、定期的なCT検査ないしMRI検査においても、脳室拡大は認められず、他覚的にも脳圧亢進症状は認められなかったことからすれば、原告が主張するような症状は、松果体部腫瘍の残存によって生じているものではないことは明らかである。そうすると、危険を侵してまで残存する松果体部腫瘍を摘出する必要はないというべきである。

したがって、被告所長が、原告の松果体部腫瘍を摘出する手術を行う義務を負っている旨の原告の主張は採用することができない。

3  さらに、原告は、原告の脳には平成四年一〇月一五日のMRI検査において、陰影が認められたが、右の陰影は脳壊死ないし脳腫瘍の再発であると考えられるところ、脳壊死であるか脳腫瘍の再発であるかの判別は困難であり、大部分が脳壊死であったとしても、その一部に腫瘍が残存している可能性も十分あるので、摘出手術をすべきであると主張する。

しかし、前記一の5(三)に認定したとおり、右の陰影には、その後、拡大はみられなかったのであり、右の陰影は脳腫瘍の再発であるとは考えられないので、原告の右主張は採用することができない。

また、原告は、脳壊死そのものも、脳機能損傷の他に放射線起因の肉腫を引き起こす危険があり、長期間異物として残存すれば生存に重要な影響を及ぼすさらなる副作用を併発するおそれがあるから、壊死部分の摘出手術が必要である旨主張するが、前記一5に認定したとおり、原告については、定期的にMRI検査等を行い、また、戸谷医師が診察を行っているのであるから、原告の指摘するような障害が発生した時点ですぐに何らかの措置をとることができるというべきであり、現時点において、原告の生命の危険を侵してまで摘出手術を行う必要はないというべきである。

なお、原告は、放射線照射による後遺症として白質脳症が生じているのに、これに対する適切な診療がされていないように主張するが、原告に白質脳症が生じていることを認めるに足りる的確な証拠はなく、前記一5記載の原告の症状の経過に照らせば、原告に生じている白質障害は無症状の軽度の障害にとどまるものと認めるのが相当である。

4  相井鑑定書は、平成八年二月二六日に撮影されたCT検査の画像において、原告の脳に残存している松果体部腫瘍の部位に脳出血が認められ、再び同じところから出血する可能性が高く、出血によって生命に危険が及ぶこともありうることから、右腫瘍を摘出手術をすべきであるとする。

しかし、前記1記載のとおり、原告の松果体部腫瘍の腫瘍細胞はそのほとんどが壊死したものと考えられ、その結果として出血を生じたものと考えられること、前記一の5(五)に認定したとおり、平成八年二月二六日に、松果体部腫瘍内出血が認められたものの、平成九年四月一八日のMRI検査においては、右の出血痕はほぼ消退し、松果体部腫瘍の縮小傾向もみられ、同年一〇月二四日のMRI検査においては、出血痕はますます消退し、その後のMRI検査等においても出血はみられていないことからすれば、再出血の可能性は極めて低く、再出血の可能性があることから腫瘍を摘出すべきであるとの相井鑑定書は採用することができない。

5  なお、原告は、被告所長ないしその招へいした慶應病院の医師は、原告に対しその病状について説明義務を負っているにもかかわらず、その義務を怠っている旨主張するが、東京拘置所医務部の担当医師等が原告に対し相当な診察及び対症療法を行っていることは既に述べたとおりであり、前記一5記載の治療の経過に弁論の全趣旨を併せれば、同医師らは診察に際して、原告に対しその病状に関し必要な範囲で説明を行っているものと認められるのであって、被告所長らに右説明義務違反があるとはいえない。

6  以上からすると、被告所長は、現在原告に生じている症状に対し、相当な治療を行っていると評価すべきであり、適切な治療を行うべき義務を怠っているということはできない。また、現時点において、原告を東京拘置所外の病院へ移送して治療を受けさせる必要性も認められないというべきである。

六  原告と被告慶應の間に診療契約が存在するかどうか(争点3(一))について

1  監獄法及び同法施行規則は、在監者の疾病の予防及び治療について規定し、在監者が疾病に罹患した場合には、監獄の長の指揮のもとに、監獄内において医師の治療を受け、必要に応じて病舎に収容して医療を受けることが原則であり(監獄法四〇条)、在監者が自費で治療を受けようとする場合には、情状により、監獄の長がこれを認めることができるとされ(同法四二条)、また、精神病、伝染病その他の疾病に罹患し、監獄内で適当な治療を施すことができないと認められる場合には、情状により仮に病院へ移送して治療を施すことができるとされ(同法四三条一項)、さらに、治療のために特に必要があると認められる場合には、所長は監獄の医師でない医師にその治療を補助させることができるとされている(監獄法施行規則一一七条)。なお、監獄外に移送して治療を施す場合においても、当該患者は在監者とみなされる(監獄法四三条二項)。このように、在監者は、治療を受ける場合において、監獄法及び監獄法施行規則の規定に基づき、監獄内又は監獄の長の委嘱を受けた医師若しくは医療機関によって治療を受ける立場にあり、自由に、自ら医師又は医療機関と診療契約を締結して治療を受けられる立場にはないものといわざるを得ない。

これを本件についてみるに、前記一記載のとおり、被告所長は、原告について、脳腫瘍の存在を疑い、昭和五九年七月一六日に、慶應病院に委嘱して原告についてCT検査を受けさせたこと、右検査において、原告の脳の松果体部付近に腫瘍らしい陰影があり、脳圧が亢進していることが判明したこと、そこで、被告所長は、同月二〇日に、原告を慶應病院に緊急入院させ、本件手術を受けさせ、その後、本件放射線治療を受けさせたことが認められる。

そうすると、慶應病院は、被告所長の委嘱によって原告を受け入れ、被告所長の補助者として診療を実施したにすぎず、原告と被告慶應との間に診療契約があったと認めることはできない。

2  この点、原告は、被告慶應が慶應病院の院長あてに患者である原告の入院証書を差入れさせて、それに原告の父親である永田正男の印を押させ、被告所長を連帯保証人としていることから、原告と被告慶應の間には診療契約が締結された旨主張する。

しかし、入院証書は、入院に際して、入院についての同意を得ること、入院中は、病院側の定めた規則を遵守する旨を約束させることに意味があるものであって、本件においても、入院について原告の同意があったこと、原告が入院中に規則を遵守することを約するために入院証書を作成したものと考えられる。そして、入院証書に被告所長が連帯保証人として記載されているのは、慶應病院に原告の治療を委嘱した者として、右の同意ないし約束があったことを証し、また、治療代の支払を約するためにされたものと考えられる。このように、入院証書があるからといって必ずしも診療契約が締結されたということはできず、本件においては、右1に記載のとおり、原告と被告慶應との間には診療契約があったと認めることはできない。

また、原告は、本件では国がもはや対処できないと判断して慶應病院に原告を診療させたのであるから補助関係は全くないと主張する。

しかしながら、前記1に記載の監獄法及び監獄法施行規則の規定、本件において原告が慶應病院に緊急入院するまでの経緯からすると、被告所長が主体的に慶應病院に原告の治療を委嘱したものであると認められ、あくまでも、慶應病院は、被告所長の補助者として原告の治療に当たったにすぎないといわざるを得ない。

さらに、原告は、医師法二〇条で、医師は自ら診察をしないで治療をすることができないとされていることから、原告と被告慶應との間には診療契約が成立していると主張するが、同条項は、診察をしないで治療をすることができないことを定めているにすぎず、診療契約の成否とは何ら関係ない。

3  したがって、原告と被告慶應との間には、診療契約は存在していないというべきである。

七  被告慶應に、原告の脳腫瘍を摘出すべき義務があったにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点3(二))について

前記四記載のとおり、橋本医師が戸谷医師と相談のうえ、原告に対し、放射線治療を選択し、腫瘍を摘出しなかったことは合理的であるというべきであるから、被告慶應には、原告の脳腫瘍を摘出すべき義務があったものということはできない。

八  被告慶應に、現在原告に生じている症状に対し、適切な治療を行うべき義務があるにもかかわらずこれを怠った過失があるかどうか(争点3(三))について

前記五記載のとおり、現在原告に対して行われている各症状についての説明、治療は相当なものというべきであるから、被告慶應に、現在原告に生じている症状に対し、適切な説明、治療を行うべき義務があるにもかかわらずこれを怠った過失があるということはできない。

また、前記六記載のとおり、原告と被告慶應との間には診療契約は成立していないのであるから、そもそも、被告慶應に何らかの診療契約上の債務の不履行があるということはできない。

九  以上のとおり、本件において、被告所長及び被告慶應には何らの義務違反は認められないので、原告の損害賠償請求は認められないというべきである。

第四結論

以上の次第で、原告の被告所長に対する本件訴えは不適法であるからこれを却下し、原告のその余の被告らに対する本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤聡 裁判長裁判官 青柳馨は転補のため、裁判官 谷口豊は差支えのためいずれも署名押印することができない。 裁判官 加藤聡)

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